2026年11月現在、柴咲コウの北海道暮らしは、完全移住ではなく、東京と北海道の2つの住まいを行き来する二拠点生活が基本となっている。2026年4月19日放送のTBS系『日曜日の初耳学』でも、2020年に建てた北海道の自宅での生活が紹介され、本人が家を建てた意外な理由や、厳しい冬の暮らしについて語った。
北海道との縁は、両親の出身地にさかのぼる。母親は礼文島、父親は旭川の出身で、幼少期から北海道を訪れる機会があった。もともとは父親に住んでもらうために建てた家だったが、実際には父親があまり利用せず、現在は柴咲自身が森に囲まれた生活を楽しんでいる。畑仕事や有機栽培への挑戦、薪ストーブを使う冬の日常にも、その暮らし方が表れている。
【2026年最新】柴咲コウは北海道に完全移住した?東京との二拠点生活の実態

最初に押さえておきたいのは、柴咲コウが北海道に完全移住したわけではないという点だ。
2026年4月19日放送のTBS系『日曜日の初耳学』では、北海道に建てた自宅での暮らしが紹介された。スポーツニッポンの同日付報道によると、柴咲は2020年に完成した北海道の家と東京の家を行き来している。
番組では、森に囲まれた住環境だけでなく、薪ストーブ用の薪を割る姿や、北海道ならではの冬の厳しさも取り上げられた。
北海道の家について本人は、父親に住んでもらうことを当初の目的としていたと説明している。しかし、家を建てた後、父親は思ったほど北海道に来なかったという。
「なので、自分が利用しているって感じです」
父親のために用意した住まいが、結果的に自分自身の暮らしを豊かにする場所になった。2026年の最新報道からも、この家が現在も柴咲の生活に欠かせない存在であることがうかがえる。
完全移住と二拠点生活の違い
ネット上では「北海道に移住した」「東京を離れた」といった表現が見られるが、実際の生活は少し異なる。
北海道に自宅を構えたことと、東京の生活を完全に終えたことは同じではない。柴咲は俳優業や音楽活動、会社経営など複数の仕事を続けており、東京にも生活の拠点を残している。
したがって、2026年現在の生活を表現するなら、北海道への完全移住ではなく、東京と北海道を使い分ける二拠点生活が最も正確だ。
【北海道移住の真相】2020年に家を建てた理由は父親と両親のルーツだった
柴咲コウが北海道に家を建てた背景には、単純な田舎暮らしへの憧れだけではない、家族とのつながりがある。
父親は旭川、母親は礼文島の出身
2021年8月、北海道テレビ系のウェブメディア「SODANE」のインタビューで、柴咲は両親の北海道との関係について明かしている。
父親は旭川出身、母親は礼文島出身。母親はすでに亡くなっていることも本人が語っている。
柴咲自身は東京生まれ、東京育ちだが、子どもの頃には父親に連れられて北海道でスキーを楽しんだ経験があった。祖母が北海道に暮らしていたこともあり、北海道は幼少期から身近な存在だった。
2020年のORICON NEWSのインタビューでも、両親がともに北海道出身であることや、幼い頃から北海道にルーツを感じていたことを説明している。
父親のために建てた家が自分の居場所になった
北海道の家を建てる直接的なきっかけは、父親に北海道で暮らしてもらいたいという思いだった。
父親は北海道が好きで、故郷に帰りたいという気持ちを持っていた。そこで柴咲は、父親が東京の暑い夏を離れ、北海道で避暑を楽しめるような別宅を考えた。
2021年のSODANEの取材でも、本人は父親のために家を建てたことを説明している。ところが、実際に完成すると父親はあまり訪れず、柴咲自身がその家を利用するようになった。
ここには、家族への思いと自分自身の理想の暮らしが重なっている。
コロナ禍だけが北海道生活の理由ではない
北海道との二拠点生活については、新型コロナウイルスの流行がきっかけとして語られることが多い。
確かに2021年のSODANEのインタビューでは、緊急事態宣言によって東京で過ごす時間や余暇が増え、自然に触れたいという気持ちが強くなったと説明している。
ただし、計画そのものはコロナ禍より前から進んでいた。
2020年11月のORICON NEWSのインタビューでは、北海道に生活拠点をつくる計画について、本人は以前から準備していたと説明。東京の都市生活と北海道にある自分のルーツを、改めて具体的な暮らしにしたいという考えがあった。
つまり、新型コロナウイルスの流行は北海道生活をゼロから生み出した原因ではなく、以前から考えていたライフスタイルを実現するタイミングになったと見るのが自然だ。
【北海道の家を公開】森に囲まれた自宅の特徴と薪ストーブのある冬生活
柴咲コウの北海道の自宅は、都会のマンションとは対照的な、自然との距離が近い一軒家だ。
2021年7月には、本人が関わるレトロワグラースの公式YouTubeチャンネルで、北海道の家のルームツアーが公開された。
大きな窓から森を眺められる住まい
公開された映像では、東京の住まいがマンションであるのに対し、北海道の住まいは一軒家として紹介されている。
特に印象的なのが、森の景色を眺められる大きな窓を備えたリビングだ。室内には木の質感を生かした空間が広がり、自然の中で深呼吸したくなるような住まいを目指している。
玄関には雪かき用の道具や長靴が置かれ、冬の生活を想定した準備も見られる。薪ストーブも設置されており、単に景色を楽しむ別荘というより、実際に生活することを意識した家であることが分かる。
家づくりで関わったのは、北海道東川町にある家具メーカー「北の住まい設計社」。北海道産の木材を大切に使い、長く使える家具づくりを続けてきた会社だ。
柴咲は、素材やものづくりに対する同社の考え方に共感したことをSODANEの取材で語っている。自然を大切にするという本人の価値観が、建築やインテリアの選択にも反映されている。
冬はマイナス20度、1メートルのつららも
北海道の暮らしは、春や夏の美しい森だけで成り立っているわけではない。
2026年4月19日の『日曜日の初耳学』では、冬の北海道についても紹介された。柴咲によると、気温はマイナス20度程度になることがあり、つららも約1メートルに達するという。
薪ストーブを使用する生活では、暖房のための薪を用意する作業も必要になる。番組では、本人が実際に薪を割る様子も紹介された。
こうした暮らしは、自然の景色を楽しむだけの生活とは違う。雪や寒さに備え、燃料を準備し、季節ごとに住まいを管理する必要がある。
柴咲の北海道生活が興味深いのは、自然の美しさだけでなく、その土地で暮らすための手間も日常の一部として受け入れている点だ。
【畑仕事と有機栽培】柴咲コウが北海道で挑戦する野菜づくりと食生活
北海道での生活を語るうえで欠かせないのが、畑仕事と食へのこだわりだ。
柴咲は自分で土づくりから取り組み、野菜を育てる生活を始めた。単なる趣味としての家庭菜園ではなく、食べるものを自分で育てる経験を通じて、自然の循環を学ぼうとしている。
菌ちゃん先生・吉田俊道さんから学んだ土づくり
2021年8月のSODANEの特集では、柴咲が有機栽培に挑戦する様子が紹介された。
指導したのは、長崎県で長年にわたり有機野菜づくりに取り組んできた吉田俊道さん。土づくりや微生物の働きを生かした農法を広めている人物で、親しみを込めて「菌ちゃん先生」と呼ばれている。
畑づくりでは、もみ殻を利用した土づくりや、雑草を刈って畝をつくる作業などに挑戦した。
この取り組みで特徴的なのは、野菜を育てることだけを目的にしていない点だ。土の中にいる微生物や菌の働きを生かし、自然界の有機物を循環させることを重視している。
2024年の環境省インタビューでも畑仕事を紹介
2024年3月6日、環境省の情報誌「エコジン」に掲載されたインタビューでも、北海道での畑仕事について語っている。
柴咲は土づくりから取り組み、自分が食べたい野菜を育てていると説明。畑で収穫した空心菜やキュウリなどを自分で調理する様子も紹介された。
本人にとって野菜づくりは、環境問題への貢献という大きな目的だけではない。自分の健康や美容にもつながる、日々の楽しみとして位置づけられている。
一方で、畑にはシカやイノシシ、鳥などの野生動物による農作物への影響もある。環境省のインタビューでは、柴咲自身も野生動物との距離の取り方や、農作物への被害について考えるようになったと話している。
味噌・醤油・納豆まで手づくりに挑戦
2025年6月には、TBS系『櫻井・有吉THE夜会』で食生活へのこだわりを披露した。
柴咲は、味噌や醤油を一からつくることに興味があり、大豆をつぶしたり、納豆菌を購入して納豆をつくったりしていると説明した。
加えて、梅干しや梅酒、梅ジュースづくりにも挑戦。梅そのものは自分で栽培するのではなく、取り寄せたものを使っていると明かしている。
畑で野菜を育てるだけでなく、収穫物や食材を加工して食べるところまで関心が広がっている。食べ物がどこから来て、どのようにつくられるのかを自分の手で確かめる生活だ。
【人物・場所・出来事の関係一覧】柴咲コウと北海道を結ぶルーツと生活の年表
柴咲コウの北海道生活を理解するには、本人と家族、北海道の土地、家づくりに関わった人々の関係を整理すると分かりやすい。
これまでの本人インタビューや報道から確認できる主な関係は次のとおりだ。
| 人物・場所・出来事 | 柴咲コウとの関係 | 確認できる内容 |
|---|---|---|
| 柴咲コウ | 本人 | 東京生まれ・東京育ち。北海道と東京の二拠点生活を実践。 |
| 父親 | 北海道との家族的なつながり | 旭川出身。北海道に帰りたいという思いがあり、家を建てる当初のきっかけになった。 |
| 母親 | 北海道との家族的なつながり | 礼文島出身。本人が2021年のインタビューで故人であることを公表。 |
| 旭川 | 父親の出身地 | 幼少期から訪れる機会があり、スキーなど北海道での思い出と結びついている。 |
| 礼文島 | 母親の出身地 | 柴咲の母方のルーツにあたる北海道の島。 |
| 北の住まい設計社 | 家づくりに関わった企業 | 東川町の家具メーカー。北海道産木材を大切にする姿勢に柴咲が共感した。 |
| 吉田俊道さん | 畑づくりの指導者 | 「菌ちゃん先生」として知られ、有機栽培や微生物を生かした土づくりを指導。 |
| 2020年 | 北海道の家の完成 | 北海道に住まいを構え、東京との二拠点生活を本格化。 |
| 2026年4月19日 | 最新の生活状況を紹介 | 『日曜日の初耳学』で北海道の家、父親との関係、冬の生活を紹介。 |
この関係を整理すると、北海道は単なる移住先ではなく、父親と母親の故郷であり、幼少期の記憶が残る土地であることが分かる。
また、家づくりを担当した企業や畑づくりの指導者との出会いも、柴咲が北海道での生活を深めていくうえで大切な要素になっている。
【東京との二拠点生活】現在の住まいと俳優・歌手・実業家としての仕事
柴咲コウが北海道に完全移住しない理由を考えるうえでは、仕事の仕組みも見逃せない。
柴咲は俳優・歌手として活動するだけでなく、2016年にレトロワグラース株式会社を設立。2018年には環境省の環境特別広報大使に任命されている。
2017年のNHK大河ドラマ『おんな城主 直虎』で主演を務めたほか、映画『沈黙のパレード』『月の満ち欠け』『Dr.コトー診療所』などにも出演。2026年も映画や音楽、映像制作など幅広い分野で活動している。
俳優業は東京を中心とした仕事との相性がある
2020年のORICON NEWSのインタビューで、柴咲は俳優の仕事について、連続ドラマなら数か月間現場に集中し、その後にスケジュールが空くこともあるという働き方を説明していた。
このような仕事の特性は、二拠点生活との相性がよい。撮影期間には仕事に集中し、仕事の合間には北海道で自然に触れるという時間の使い分けが可能になるからだ。
また、SNSやYouTubeを活用すれば、必ずしも東京にいなくても発信できる仕事がある。俳優業、経営、情報発信を組み合わせることで、複数の生活拠点を持つ選択肢が広がっている。
東京の自宅では愛猫との暮らしも
2025年6月のスポニチ報道では、東京の自宅でクレアとのえるという2匹の愛猫と暮らす様子も紹介された。
この報道からも、東京の家が単なる仕事用の滞在場所ではなく、日常生活を営む住まいとして維持されていることが分かる。
一方、北海道では森に囲まれた家、畑仕事、薪ストーブなど、東京とは異なる時間の過ごし方を楽しんでいる。
2026年11月現在も仕事は幅広く展開
2026年11月5日時点の柴咲コウ公式サイトでは、Netflix映画『余命一年、男をかう』の配信開始や、全国ツアー『KO SHIBASAKI LIVE TOUR 2026 ACTOR'S THE BEST ~泡沫~』に関する情報が掲載されている。
また、映画や音楽活動だけでなく、短編映画制作プロジェクト『MIRRORLIAR FILMS』で監督を務めるなど、活動領域は広がっている。
北海道での暮らしを大切にしながら、俳優・歌手・経営者としての活動を続ける。この両立こそが、柴咲の二拠点生活の特徴だ。
【プロの結論】柴咲コウの北海道暮らしから見える移住と二拠点生活の本質
柴咲コウの北海道生活を追っていくと、注目すべきなのは「東京を離れたかどうか」ではないことが分かる。
彼女が選んだのは、仕事や都市生活を捨てることではなく、自然と接する時間を自分の生活に組み込むことだった。
北海道生活は家族への思いから自分の理想の暮らしへ
当初の家づくりには父親への思いがあった。しかし、父親が頻繁に利用する住まいにはならず、本人が森の中で過ごす場所として活用するようになった。
この変化は、家を建てた目的が失敗したという話ではない。家族のためにつくった場所が、自分自身の生活を豊かにする拠点へと役割を変えたということだ。
自然との共生は日々の作業の積み重ね
柴咲の北海道生活には、畑を耕す、土をつくる、野菜を収穫する、薪を割る、食材を加工するといった具体的な作業がある。
自然の中で暮らすことは、何もしないで癒やされることだけではない。気候や動物、土地の環境に合わせて生活を組み立てることでもある。
特に2024年の環境省インタビューで語られた野生動物による農作物への影響は、自然と暮らすことの現実的な側面を示している。
柴咲コウの暮らし方から考える二拠点生活の判断基準
北海道生活に憧れる人が参考にしたいのは、家のデザインや広い土地だけではない。
- 仕事との距離:仕事の拠点を完全に移さなくても、複数の場所で生活できる働き方を確保できるか。
- 季節への対応:冬の積雪、寒さ、暖房、除雪などを継続的に管理できるか。
- 日常の維持:畑や庭、建物の手入れなど、自然の中で暮らすための作業を楽しめるか。
- 地域との関係:地元の人や専門家とのつながりをつくり、地域の暮らしに溶け込めるか。
- 経済的な余裕:複数の住まいを維持する費用や移動にかかる負担を長期的に考えられるか。
二拠点生活は、誰にでも簡単に実現できるものではない。住居費や移動費だけでなく、二つの家を維持する時間と労力も必要になる。
その意味で、柴咲の生活は単純な田舎暮らしの成功例というより、仕事と生活のバランスを自分で組み替えた一つの実例として見ることができる。
【柴咲コウの北海道暮らし】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:柴咲コウは2026年現在、北海道に完全移住したのですか?
A1:完全移住ではありません。2026年4月の『日曜日の初耳学』出演時にも、2020年に建てた北海道の家と東京の家を行き来する二拠点生活が紹介されています。
Q2:柴咲コウが北海道に家を建てた理由は何ですか?
A2:当初は北海道出身の父親に住んでもらい、避暑地として利用してもらうためでした。父親があまり訪れなかったため、現在は柴咲自身が主に利用しています。
Q3:柴咲コウの両親は北海道のどこ出身ですか?
A3:父親は旭川、母親は礼文島の出身です。柴咲自身も子どもの頃から北海道を訪れる機会がありました。
Q4:北海道の自宅には薪ストーブがありますか?
A4:あります。2021年の自宅紹介で薪ストーブのあるリビングが公開され、2026年4月のテレビ出演でも薪割りをする様子が紹介されました。
Q5:柴咲コウは北海道で何を育てているのですか?
A5:畑仕事に取り組み、空心菜やキュウリなどの野菜を育てています。2021年には吉田俊道さんの指導で、微生物を生かした土づくりや有機栽培にも挑戦しました。
Q6:柴咲コウの北海道の自宅は東川町にあるのですか?
A6:家づくりに関わった家具メーカー「北の住まい設計社」が東川町にあることは報道されています。ただし、家具メーカーの所在地と柴咲本人の自宅所在地は別の情報であり、自宅の正確な所在地は公表情報から断定できません。
Q7:柴咲コウは北海道で一年中暮らしているのですか?
A7:一年中北海道だけで生活しているわけではありません。東京にも住まいがあり、仕事や生活に合わせて二つの拠点を使い分けています。北海道の冬にはマイナス20度程度になることもあると本人が紹介しています。
まとめ:柴咲コウの北海道暮らしは完全移住ではなく二拠点生活
柴咲コウの北海道生活は、2026年11月現在も東京との二拠点生活として理解するのが正確だ。
2020年に北海道の家を建てた当初の目的は、旭川出身の父親に帰郷後の生活や避暑を楽しんでもらうことだった。母親の礼文島というルーツもあり、北海道は本人にとって幼少期から縁のある場所だった。
その後、父親があまり利用しなかった家を自分の生活拠点として活用。森に囲まれた住まいで、畑仕事や野菜づくり、手づくりの食生活、薪ストーブのある冬を楽しむようになった。
一方で、東京の住まいも維持し、俳優・歌手・実業家としての活動を継続している。
2026年4月の『日曜日の初耳学』で明かされた家づくりの経緯は、北海道への移住をめぐる疑問に対する重要な答えとなった。北海道は単なる別荘地ではなく、家族のルーツと自分自身の理想の暮らしが重なる場所なのだ。
柴咲コウの北海道暮らしの本質は、東京か北海道かという二者択一ではない。仕事も自然も大切にしながら、自分にとって心地よい生活の形を選び続けていることにある。
主な情報確認資料
- 2026年4月19日放送『日曜日の初耳学』に関するスポニチ報道。二拠点生活、父親との関係、冬の暮らし。
- 環境省「エコジン」2024年3月6日掲載インタビュー。畑仕事、野菜づくり、自然環境への考え方。
- 北海道テレビ系「SODANE」2021年8月掲載インタビュー。両親の出身地、家づくり、畑づくり。
- ORICON NEWS 2020年11月14日掲載インタビュー。北海道生活の計画と二拠点生活の考え方。
- スポニチ2025年6月20日報道。東京の住まい、愛猫、食生活。
- 柴咲コウ公式サイト。2026年11月5日時点の活動情報。