三代目 J SOUL BROTHERS from EXILE TRIBEのボーカリストとして活躍する今市隆二。現在の洗練されたアーティストとしての姿からは想像しにくいが、若い頃は高校を中退し、建設現場で圧接工として働きながら歌手になる夢を追い続けていた。19歳で初めて大きなオーディションに挑戦し、一度は不合格。その後も仕事とボイストレーニングを両立させ、2010年のオーディションで登坂広臣とともに選ばれ、三代目 J SOUL BROTHERSのボーカルとしてデビューした。
2026年9月には、ABEMAの特別番組『LDH PERFECT SHINE旅行』で、23歳当時の建設現場で働く映像が公開され、再び注目を集めた。高校中退の背景、職人時代の生活、100回以上に及ぶオーディションへの挑戦、そしてデビューまでの道のりを、本人の過去の発言や公式プロフィール、公開映像をもとに振り返る。
【今市隆二の若い頃】歌手を夢見た少年時代と20代の昔の画像
今市隆二は1986年9月2日生まれ。京都府出身で、幼少期から神奈川県川崎市で育った。
音楽への関心が強くなったのは12〜13歳頃。特に憧れていたのがEXILEのボーカリスト、ATSUSHIだった。
2021年のReal Soundによる人物特集では、今市がATSUSHIの歌声に魅了され、テレビ番組『ASAYAN』の頃から追いかけていたことが紹介されている。
中学生時代には友人と頻繁にカラオケに通い、EXILEだけでなくGLAYやMr.Childrenなど幅広い楽曲を歌っていた。
当時から歌うことが好きだった一方、最初から芸能界を目指して一直線に進んでいたわけではない。
高校時代にはやんちゃな一面もあり、その後、高校を中退。建設現場で働く職人として社会人生活を始めた。
今市隆二の若い頃の写真はどこで見られる?
若い頃の姿を確認する際に注目したい資料は、大きく分けて2つある。
1つ目は、2018年に発売された初のフォトエッセイ『TIMELESS TIME』。
EXILE TRIBEの公式告知によると、この作品は224ページのオールカラー写真エッセイ。京都と東京で撮影され、本人の半生や音楽への思い、家族、仲間とのエピソードなどが収録されている。
特に目次には「VOCAL BATTLE AUDITION初挑戦」「無我夢中のヴォーカル・レッスン」「自分なりの職人魂」といった項目が並ぶ。
単なる写真集ではなく、デビュー前の人生を本人の言葉で振り返る資料としても価値がある。
2つ目は、2026年9月に公開された建設現場時代の映像。
こちらはABEMA『LDH PERFECT SHINE旅行』第3回で紹介されたもので、ヘルメットを着用して作業する23歳当時の今市の姿を確認できる。
現在のステージ上の姿と比較できる、特に貴重な映像資料だ。
若い頃の今市隆二に見られる特徴
- EXILE ATSUSHIへの強い憧れ
- 歌手になる夢を早い時期から持っていた
- 中学時代からカラオケで歌唱力を磨いていた
- 高校中退後、職人として働き始めた
- 仕事を続けながら音楽の道を模索していた
こうした経歴を知ると、現在の歌声やステージでの存在感が、長年の積み重ねによって培われたことが伝わってくる。
【高校中退の理由】圧接工として働いた職人時代の知られざる生活
今市隆二の若い頃を語るうえで欠かせないのが、圧接工として働いていた時期だ。
現在の華やかな芸能活動とは対照的に、当時は建設現場で身体を動かしながら、歌手になるための準備を続けていた。
高校を中退した理由は?
高校を中退したことは複数の人物紹介記事で紹介されている。
Real Soundの2021年の特集では、高校時代について「やんちゃだった」と紹介され、その後に高校を中退して圧接工として働き始めた経歴が説明されている。
ただし、高校を中退した具体的な理由について、本人が明確に説明した公的な発言は確認できない。
そのため、音楽活動に専念するためだった、学校生活で問題があった、家庭の事情だったなど、特定の理由に結び付けることはできない。
確認できるのは、高校中退後に職人として働き始め、その仕事と並行して歌手への道を模索していたという経歴だ。
圧接工とはどんな仕事?
圧接工とは、建設現場で鉄筋と鉄筋を接合する専門職人のこと。
鉄筋コンクリート建築などで使用する鉄筋の接合部分を加熱し、圧力を加えて接合する技術を扱う。
一般的な溶接作業とは区別される専門技術であり、現場での経験や技術の習得が求められる仕事だ。
今市は18歳頃からこの仕事に携わっていたと紹介されている。
単に一時的なアルバイトをしていたという経歴ではない。歌手としてのデビューを目指しながら、職人として現場で働き続けていた点が特徴的だ。
仕事と歌のレッスンを両立させた毎日
2024年6月に放送された日本テレビ系『バズリズム02』で、今市は圧接工として働きながらボイストレーニングに通っていた頃の生活を振り返った。
entaxが報じた本人の説明によると、当時の生活は次のようなスケジュールだった。
- 朝8時前:建設現場に到着
- 朝8時:ラジオ体操
- 夕方5時:現場での仕事を終える
- 夕方以降:帰宅して着替え、ボイストレーニングへ
- 夜9時頃:帰宅
朝から夕方まで職人として働き、その後に歌のレッスンを受ける生活だった。
歌手になるための練習時間を確保するには、仕事が終わってからも自分の時間を削る必要があった。
この時期の経験は、後に本人が振り返る職人時代のエピソードとしても知られるようになった。
【2006年から2010年】今市隆二のオーディションとデビューまでの年表
今市隆二のキャリアには、複数の大きな転換点がある。
最初の挑戦は2006年。憧れのEXILEが開催したオーディションに参加したが、結果は不合格だった。
その後、エイベックスのオーディションで実績を残し、2010年に再び大きなチャンスをつかむ。
若い頃の経歴・重要な転換点一覧
| 時期 | 出来事 | 意味・注目ポイント |
|---|---|---|
| 12〜13歳頃 | 歌手への憧れが強くなる | ATSUSHIに影響を受ける |
| 高校時代 | 高校を中退 | その後、職人として働き始める |
| 18歳頃 | 圧接工の仕事に就く | 働きながら歌手を目指す |
| 2006年 | VOCAL BATTLE AUDITION 2006に参加 | 二次審査で敗退 |
| 2008〜2009年 | avex WORLD AUDITION 2008に参加 | 2009年の決勝大会でアーティスト部門準グランプリ |
| 2010年2月以降 | VOCAL BATTLE AUDITION 2に参加 | 三代目JSBのボーカル選考に挑戦 |
| 2010年9月15日 | 最終ライブ審査 | 登坂広臣とともに合格 |
| 2010年11月10日 | 「Best Friend's Girl」でデビュー | 三代目 J SOUL BROTHERSとして活動開始 |
※オーディション名の「avex WORLD AUDITION 2008」は正式名称。最終審査の決勝大会は2009年2月22日に開催された。
この年表から分かるのは、2006年の不合格から2010年の合格まで、複数の挑戦を積み重ねていたということだ。
2006年:VOCAL BATTLE AUDITIONで二次審査敗退
19歳で初めて挑戦したのが、EXILEの新ボーカリストを選ぶ「EXILE VOCAL BATTLE AUDITION 2006 ~ASIAN DREAM~」だった。
このオーディションは、後にEXILEのボーカルとなるTAKAHIROが選ばれた企画でもある。
今市は二次審査まで進んだものの、残念ながら不合格。
J-WAVEのインタビュー関連記事では、二次審査でEXILEの「Lovers Again」を歌ったことも本人の振り返りとして紹介されている。
この経験は、その後の音楽活動を考えるうえで大きな転機になった。
2009年:avex WORLD AUDITIONで準グランプリ
2009年には、エイベックス創立20周年記念企画として開催された「avex WORLD AUDITION 2008」のアーティスト部門で準グランプリを獲得した。
このオーディションは2008年に募集・審査が始まり、2009年2月22日にZepp Tokyoで決勝大会が開催された。
公式運営ブログにも決勝大会の開催記録が残っている。
ここで得た実績は、次の大きな挑戦へ進むための足掛かりになった。
2010年:VOCAL BATTLE AUDITION 2に挑戦
そして2010年、今市は「EXILE Presents VOCAL BATTLE AUDITION 2 ~夢を持った若者達へ~」に参加する。
これは三代目 J SOUL BROTHERSのボーカリストを選ぶためのオーディションだった。
今市は最終審査まで勝ち進み、登坂広臣とともに合格。
2010年11月10日、三代目 J SOUL BROTHERSは「Best Friend's Girl」でメジャーデビューを果たした。
LDHの公式プロフィールでも、このオーディション合格とデビューの経緯が紹介されている。
【下積み時代の真実】100回以上の挑戦と登坂広臣との出会い
今市隆二の下積み時代で特に印象的なのは、オーディションに落ちても挑戦をやめなかったことだ。
100回以上のオーディションに挑戦
Real Soundの人物特集では、今市が週1〜2回ほどのペースでオーディションを受け、100本以上に挑戦したと紹介されている。
2024年の『バズリズム02』でも、本人はオーディションを約100回受けた経験を語っている。
挑戦したのは歌手のオーディションだけではなかった。
entaxの報道によると、ウルトラマンや仮面ライダーなど、演技を伴う企画や劇団EXILEの立ち上げ時のオーディションにも参加していた。
つまり、歌手という目標を持ちながらも、活動の可能性を限定せずにチャンスを探していた。
不合格が続いても諦めなかった理由
2024年の番組では、今市は落選が続いた当時について、次のように振り返っている。
「落ちすぎて逆に“落ち慣れ”してたんで」
この言葉からは、何度も不合格を経験しながら、それでも次の挑戦へ向かっていた姿勢が伝わる。
また、本人は地元の一つ上の先輩がオーディション情報を教えてくれたり、歌を褒めて励ましてくれたりしたことにも感謝を述べている。
夢を追う過程では、本人の努力だけでなく、周囲の支えも大きかった。
登坂広臣との出会いと二人の合格
今市隆二と登坂広臣の接点となったのが、2010年のVOCAL BATTLE AUDITION 2だ。
登坂もまた、歌手になる夢を追い、オーディションに参加していた。
登坂はもともと美容師として働いていたが、EXILEのボーカリストになったTAKAHIROに刺激を受け、2010年のオーディションに挑戦した。
その後、今市と登坂は最終審査を勝ち抜き、三代目 J SOUL BROTHERSのツインボーカルとして選ばれる。
興味深いのは、登坂が後年のインタビューで、オーディション当時から今市の実力を高く評価していたことを明かしている点だ。
登坂は、ボーカルが2人選ばれると聞いたとき、今市が選ばれるだろうと感じていたという。
一方で、最終審査に合格したことは、二人にとって単純に喜ばしいだけの出来事ではなかった。
それまで同じ夢を追っていた他の参加者たちが選ばれなかった現実もあり、登坂は当時の複雑な心境を振り返っている。
こうした背景を知ると、二人のボーカルがグループの中心として歩んできた意味も、より深く理解できる。
【2026年最新】建設現場で働く23歳の今市隆二の映像が公開
2026年9月6日、ABEMAの特別番組『LDH PERFECT SHINE旅行』第3回で、今市隆二のデビュー前の映像が公開された。
LDH PERFECT YEAR 2026を記念した企画で、EXILE TRIBEのメンバーやゲストが集まった番組内で、三代目 J SOUL BROTHERS誕生のきっかけとなったオーディションが振り返られた。
ヘルメット姿で作業する23歳当時の映像
ABEMA TIMESの2026年9月6日付の記事によると、公開されたのは、当時23歳だった今市が建設現場の職人として働く映像だ。
映像には、ヘルメットをかぶって作業する姿や、熱心に歌う姿が収められていた。
ステージで洗練されたパフォーマンスを見せる現在の姿とは異なり、現場で黙々と働く職人としての表情が印象的だった。
番組の出演者からは「職人だね!」という驚きの声が上がり、その姿に「信じられないよ!」という反応も見られた。
合格の知らせを受けた瞬間も公開
さらに注目されたのが、オーディションの合格を知らされたときの映像だ。
電話で合格の知らせを受けた今市は、喜びを隠しきれない様子でガッツポーズを見せた。
当時の発言として、ABEMA TIMESは次の言葉を紹介している。
「よかったマジで、超よかった…ドキドキしました。仕事できるよ、ちゃんと!」
この言葉には、職人としての仕事を続けながら夢を追い続けてきた今市の当時の状況が表れている。
歌手になる夢が実現しても、現場の仕事をきちんと続けようとする姿勢が印象に残る場面だ。
今市隆二の若い頃と現在を比較
| 比較項目 | 若い頃 | 2026年現在 |
|---|---|---|
| 年齢 | 10代後半〜20代前半 | 40歳 |
| 仕事 | 圧接工・建設現場の職人 | プロのアーティスト |
| 音楽活動 | ボイトレとオーディション | 三代目JSB・ソロ活動 |
| 活動環境 | 仕事と夢を両立 | 音楽活動を中心に展開 |
| 映像の印象 | ヘルメット姿、現場での作業 | ステージや撮影での洗練された姿 |
| 主な転機 | 2010年のオーディション合格 | グループ・ソロ双方での活動 |
※年齢は1986年9月2日生まれという公式プロフィールに基づく。
若い頃と現在を比べると、最も大きな変化は職業と活動環境だ。
一方、歌手になる夢を追い続けていたという点では、当時から現在まで一貫した姿勢が見られる。
2026年の映像は、単に昔の写真が公開されたという話題にとどまらない。現在の今市隆二につながる努力の過程を、本人の実際の姿を通して確認できる貴重な機会となった。
【プロの結論】今市隆二の若い頃から読み解く成功の理由
今市隆二の経歴を振り返ると、三代目 J SOUL BROTHERSとしての成功には、いくつかの重要な要素があった。
1. 憧れを具体的な行動に変えた
EXILE ATSUSHIへの憧れは、単なるファン活動で終わらなかった。
19歳でオーディションに参加し、落選後にはボイストレーニングを始めるなど、歌手になるための行動に移している。
2. 生活を維持しながら挑戦を続けた
圧接工として働きながら、夜は音楽のレッスンを受けていた。
夢だけを追いかけるのではなく、仕事を続けながら可能性を探していた点は、今市の経歴を特徴付ける部分だ。
3. 不合格を経験として積み重ねた
2006年の不合格は、彼にとって大きな転機となった。
その後も多くのオーディションに挑戦し、最終的には2010年に合格を勝ち取った。
一度の成功だけでなく、複数回の挑戦を通じて経験を重ねたことが、デビューへの道を開いた。
4. 出会いとタイミングをつかんだ
登坂広臣との出会いも重要だ。
二人は同じオーディションで選ばれ、三代目 J SOUL BROTHERSのボーカルとして活動を始めた。
グループ結成は、本人たちの努力だけでなく、LDH側の選考やメンバー構成、デビューのタイミングが重なった結果でもある。
今市隆二の若い頃から学べるのは、夢を持つことだけではなく、その夢を実現するために具体的な行動を続けることの大切さだ。
【今市隆二の若い頃】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:今市隆二は若い頃、何の仕事をしていましたか?
A1:高校中退後、18歳頃から圧接工として働いていました。建設現場で鉄筋を接合する専門職人で、仕事を終えた後にはボイストレーニングにも通っていました。
Q2:今市隆二が高校を中退した理由は何ですか?
A2:高校を中退したことは紹介されていますが、具体的な理由を本人が明確に公表した情報は確認できません。高校時代については、やんちゃだったというエピソードが紹介されています。
Q3:今市隆二が初めて受けたオーディションは何ですか?
A3:2006年の「EXILE VOCAL BATTLE AUDITION 2006 ~ASIAN DREAM~」です。19歳で挑戦し、二次審査まで進みましたが不合格でした。
Q4:今市隆二と登坂広臣はいつ出会ったのですか?
A4:二人は2010年のVOCAL BATTLE AUDITION 2を通じて、三代目 J SOUL BROTHERSのボーカルとして選ばれました。その後、グループのツインボーカルとして活動を開始しています。
Q5:今市隆二の建設現場時代の写真や映像は見られますか?
A5:2026年9月6日放送のABEMA『LDH PERFECT SHINE旅行』第3回で、23歳当時の建設現場で働く映像が紹介されました。また、2018年発売のフォトエッセイ『TIMELESS TIME』にも職人時代のエピソードが収録されています。
Q6:今市隆二は何歳で三代目 J SOUL BROTHERSとしてデビューしましたか?
A6:2010年11月10日に「Best Friend's Girl」でデビューしました。1986年9月2日生まれなので、デビュー時は24歳です。
まとめ:今市隆二の若い頃は職人として働きながら夢を追った時代
今市隆二の若い頃は、現在の華やかなアーティスト活動からは想像しにくいほど、地道な努力を重ねた時期だった。
高校中退後に圧接工として働き、19歳で初めてオーディションに挑戦。2006年には不合格を経験したものの、ボイストレーニングを続け、100回以上のオーディションに挑戦した。
そして2010年、VOCAL BATTLE AUDITION 2で登坂広臣とともに合格し、三代目 J SOUL BROTHERSのボーカリストとしてデビューを果たした。
2026年9月に公開された建設現場時代の映像は、当時の今市の姿を改めて知る貴重な機会となった。
若い頃の写真や映像を見比べると、外見や仕事の環境は大きく変わっている。しかし、音楽への情熱を持ち続けてきた点は変わらない。
今市隆二の若い頃を知る最大の意味は、スターになる前の職人時代にも、夢を実現するための努力が確かに存在していたと分かることだ。 その歩みを知れば、現在の歌声やステージでの表現も、また違った角度から楽しめるはずだ。