「韓国のイチロー」と呼ばれる野球選手は誰なのか。答えは一人だけではない。歴史的にこの異名で知られる元中日ドラゴンズの李鍾範(イ・ジョンボム)、同じ呼び名で紹介された李炳圭(イ・ビョンギュ)、そして現在の韓国野球を代表する打者として注目される李政厚(イ・ジョンフ)がいる。特に李政厚は、李鍾範の実の息子であり、俊足と高いコンタクト能力、背番号51という共通点からイチローとの比較でも話題になってきた。
2026年11月現在、サンフランシスコ・ジャイアンツに所属する李政厚の2026年レギュラーシーズン成績は、打率.276、10本塁打、57打点、12盗塁、143試合出場。メジャー移籍後では自己最高の打率、本塁打、打点、盗塁を記録した。一方、シーズン終盤には負傷による離脱も経験している。父から受け継いだ野球の系譜と、MLBで自分自身の評価を築く現在地を整理する。
【結論】韓国のイチローと呼ばれるのは誰?歴代3選手を整理
「韓国のイチロー」という異名は、特定の一人だけに与えられた公式称号ではない。韓国野球の歴史の中で、安打を量産する技術、俊足、広い守備範囲などを備えた選手に対して使われてきた表現だ。
日本のプロ野球ファンにとって、最初に思い浮かぶ人物は李鍾範だろう。1998年に中日ドラゴンズへ加入した際、日本でも「韓国のイチロー」として紹介された。さらに2007年には、同じく中日へ入団した李炳圭もこの異名で報道されている。
そして2020年代以降、この呼び名と関連して注目されているのが李政厚だ。父親譲りの打撃技術に加え、左打ちの巧打者という点や、イチローを尊敬して背番号51を選んだエピソードも比較される理由になっている。
3人の違いを簡潔に整理すると、次のようになる。
- 李鍾範:1990年代の韓国野球を代表するスピードスター。異名の歴史的な代表格。
- 李炳圭:安打製造能力に優れた左打ちの外野手。2007年に中日スポーツ紙が同じ異名で紹介。
- 李政厚:李鍾範の息子。KBOで首位打者とMVPを獲得し、現在はMLBのジャイアンツでプレー。
したがって、「韓国のイチローは誰?」という疑問には、歴史的な元祖として李鍾範、同じ異名で紹介された選手として李炳圭、現代のMLBで活躍する選手として李政厚、と整理するのが最も正確だ。
【元祖・李鍾範】中日ドラゴンズでも活躍した韓国野球の伝説
李鍾範(イ・ジョンボム)は1970年生まれの元韓国プロ野球選手。韓国のヘテ・タイガース(現KIAタイガース)を代表する選手として活躍し、俊足と卓越したバットコントロールで知られた。
1994年の打率.393が示す圧倒的な実力
李鍾範のキャリアを語るうえで欠かせないのが1994年の成績だ。
当時のヘテ・タイガースでプレーした李鍾範は、124試合で打率.393、196安打、19本塁打、77打点、84盗塁を記録。出塁率も.452に達した。
特に注目すべきは、打率だけでなく安打数や盗塁数でもリーグを圧倒したことだ。俊足を生かして塁を駆け抜けるだけではなく、正確なミート力でヒットを積み重ねるスタイルだった。
1994年にはMVPも獲得。打率、安打、得点、盗塁、出塁率の5部門でリーグトップとなる歴史的なシーズンを送った。なお、当時のKBOでは得点の個人タイトル表彰がなかったため、公式の打撃タイトル数とは区別する必要がある。
1998年に中日ドラゴンズへ移籍
1998年、李鍾範は日本プロ野球の中日ドラゴンズに加入した。韓国での実績と俊足巧打のプレースタイルから、日本でも「韓国のイチロー」という触れ込みで注目された。
しかし、日本での挑戦は順風満帆ではなかった。故障などの影響もあり、韓国時代のような圧倒的な成績を残すことは難しかった。2001年途中に中日を退団し、韓国球界へ復帰している。
日本での通算成績は311試合出場、打率.261、27本塁打、99打点。数字だけを見れば、韓国時代の実績とは異なる印象を受けるが、当時の日本球界に韓国のスター選手が挑戦する象徴的な存在だった。
韓国復帰後もKIAタイガースでプレーを続け、2012年に現役引退を表明した。韓国では「風の子」を意味する「バラムエ・アドゥル(風の息子)」という愛称でも親しまれている。
【李炳圭】もう一人の「韓国のイチロー」と呼ばれた中日OB
「韓国のイチロー」という呼び名を調べると、李鍾範だけでなく李炳圭(イ・ビョンギュ)の名前も登場する。
李炳圭は1974年生まれの左打ちの外野手。1997年にLGツインズでプロ入りし、正確な打撃技術と安定した外野守備を武器に韓国プロ野球で長く活躍した。
中日スポーツ紙が2007年に異名を使用
李炳圭が日本でプレーしたのは2007年から2009年まで。中日ドラゴンズに所属し、日本球界でも安打製造能力が期待された。
2007年2月2日付の中央日報日本語版は、中日スポーツ紙が李炳圭の春季キャンプ初日の打撃練習を取り上げ、「韓国のイチロー」らしさが見えたと報じたことを紹介している。
これは、単に韓国出身の有名選手という理由で付けられたものではない。ライナー性の打球を広角に飛ばす打撃技術や、正確性を評価した表現だった。
KBO通算2000安打を達成した安打製造機
李炳圭の実績も非常に優れている。聯合ニュースの2016年の引退報道によると、KBOで17シーズンにわたりプレーし、1741試合で通算2043安打、打率.311、161本塁打、972打点を記録した。
打撃タイトルを2度獲得し、最多安打でも4度リーグトップに立った。通算2000安打到達も1653試合という速さだった。
李鍾範がスピードと攻守の総合力を象徴する選手だったのに対し、李炳圭は高いコンタクト能力を長期間維持した安打製造機という特徴が強い。
2013年には打率.348でKBOの首位打者を獲得。38歳での受賞は当時のリーグ最年長記録となった。2016年に20年間のプロ野球生活に幕を下ろしている。
なお、李炳圭と李鍾範は同じ中日ドラゴンズでプレーし、同じ異名で紹介された別々の選手である。親子関係ではない。
【親子関係と異名の由来】李鍾範と李政厚はどんな関係?
韓国のイチローという検索で李政厚が注目される大きな理由は、父親が李鍾範であることだ。
李政厚(イ・ジョンフ)は1998年8月20日生まれ。父の李鍾範が中日ドラゴンズでプレーしていた時期に愛知県名古屋市で生まれた。父の日本球界での挑戦と、息子の誕生が同じ時期に重なっている。
「風の息子」と「風の孫」という親子の愛称
李鍾範の愛称は「風の息子」。韓国語では「バラムエ・アドゥル」と表現される。
その息子である李政厚には「風の孫」を意味する「バラムエ・ソンジャ」という愛称が付けられた。英語圏でも「Grandson of the Wind」と紹介されている。
つまり、李政厚の代表的な愛称は「韓国のイチロー」そのものというより、父親の異名を受け継いだ「風の孫」だ。父の俊足と野球センスを連想させる親子ならではの呼び名である。
父子でKBOリーグのMVPを獲得
2人の関係を特別なものにしているのが、韓国プロ野球での実績だ。
李鍾範は1994年にKBOリーグのMVPを獲得。息子の李政厚も2022年にキウム・ヒーローズの選手としてレギュラーシーズンMVPに選ばれた。
これによって、KBOリーグ史上初の父子MVPという記録が生まれた。単に父親と同じ職業を選んだというだけではなく、親子それぞれが異なる時代にリーグ最高の選手として評価されたのである。
主要人物の関係と実績一覧
| 人物 | 関係・位置づけ | 代表的な実績・特徴 |
|---|---|---|
| 李鍾範 | 李政厚の父親 | 1994年KBO MVP。打率.393、196安打、84盗塁。元中日ドラゴンズ。 |
| 李政厚 | 李鍾範の息子 | 2022年KBO MVP。2021年と2022年の首位打者。MLBジャイアンツ所属。 |
| 李炳圭 | 李鍾範・李政厚とは別の選手 | KBO通算2043安打、打率.311。元中日ドラゴンズ。首位打者2回。 |
| イチロー | 比較対象・李政厚の憧れの選手 | 背番号51で知られる日米のレジェンド。李政厚が少年時代から尊敬。 |
親子である李鍾範と李政厚は、右打ちと左打ちという違いこそあるものの、打撃技術や走塁への意識などに共通点がある。加えて、父が韓国で築いた実績を息子がMLBという舞台へつなげた点も、韓国野球史に残る親子の物語となっている。
【李政厚の2026年成績】ジャイアンツで打率.276・10本塁打・12盗塁
2026年の李政厚は、サンフランシスコ・ジャイアンツでメジャー3年目のシーズンを送った。
2023年12月には6年総額1億1300万ドルの契約でジャイアンツ入りに合意。2024年3月28日にMLBデビューを果たし、韓国で培った打撃技術をメジャーの舞台で試してきた。
2026年レギュラーシーズンの最終成績
MLB公式の選手成績による2026年の数字は以下のとおりだ。
- 出場試合:143試合
- 打数:539
- 安打:149本
- 打率:.276
- 本塁打:10本
- 打点:57打点
- 盗塁:12盗塁
- 出塁率:.320
- 長打率:.404
- OPS:.724
特筆すべきは、打率.276、10本塁打、57打点、12盗塁が、いずれもMLB移籍後の自己最高記録になったことだ。
特に本塁打は、メジャーデビュー後初めてシーズン2桁に到達した。従来のコンタクト能力に加えて、長打力も一定の数字として表れたシーズンだった。
前半戦は好調、後半戦は調子を落とす
一方で、シーズン全体の打率だけでは見えない課題もある。
MLB公式が2026年10月24日に掲載したシーズン総括によると、李政厚は前半戦88試合で打率.302、OPS.762を記録した。しかし、オールスター休止期間後の55試合では打率.236、OPS.663に低下している。
シーズンを通じて安定した打撃を維持できなかったことが、2026年の評価を難しくしている部分だ。
また、OPS+は105。100を平均とする指標であり、打撃成績はリーグ平均をわずかに上回る水準だった。自己最高の数字を残した一方、契約規模や韓国時代の圧倒的な成績を考えると、さらなる成長が期待される状況でもある。
9月の負傷で2026年シーズンを終了
李政厚は2026年9月20日の試合で、自身のファウルボールが股間付近に当たって途中交代した。翌21日には鼠径部の打撲で10日間の負傷者リスト入り。シーズン終盤の残り試合には出場できなかった。
最終的には143試合でシーズンを終えた。長期間の離脱ではなかったものの、残り試合で成績を伸ばす機会を失ったことは本人にとっても悔しい結果だったはずだ。
MLB公式のシーズン総括では、ジャイアンツ側は2026年を成長の兆しが見られたシーズンとして評価している。打撃の安定性や守備面など、改善すべき課題も残されている。
【イチローとの比較】背番号51と俊足巧打に共通点はある?
李政厚とイチローが比較される理由は、単に背番号が同じだからではない。
2人には左打ちの外野手であること、バットコントロールに優れていること、三振を抑えながら安打を積み重ねる打撃スタイルなど、いくつかの共通点がある。
背番号51はイチローへの憧れから選んだ
李政厚はキウム・ヒーローズ時代から背番号51を着用しており、ジャイアンツでも同じ番号を選んだ。
MLB公式の2024年3月11日の報道によると、李政厚は少年時代からイチローを憧れの選手として見ていた。イチローの打撃フォームやボールをバットに当てる技術に影響を受け、背番号51もその憧れを表すものだった。
同記事では、当時のジャイアンツ監督ボブ・メルビンも、李政厚の打撃練習やコンタクト能力にイチローを思わせる特徴があると評価していた。
加えて、李政厚は2024年の春季キャンプでイチロー本人と対面している。憧れの選手と同じ舞台でプレーするだけでなく、実際に交流する機会を得た。
共通点だけでなく違いも見るべき
ただし、李政厚とイチローを同じレベルの選手として扱うのは早計だ。
イチローはMLBで通算3000安打以上を記録し、日米通算でも数々の記録を残した歴史的な選手である。打撃だけでなく、外野守備や走塁でも長年にわたって高い評価を受けた。
一方の李政厚は、2026年時点でMLBでの実績を積み重ねている段階にある。KBOでは圧倒的な打率を残したものの、MLBでは投手の球速や変化球の質、守備や走塁のレベルなど、異なる競争環境への適応が必要になる。
2026年のOPS+105という数字は、打撃面で平均以上の貢献をしたことを示す一方、MLBを代表する打者として確立したと評価するにはまだ十分ではない。
【プロの結論】異名よりも実績とプレースタイルで評価する
「韓国のイチロー」という呼び名は、選手の特徴を伝えるうえで便利な表現だ。しかし、野球選手としての評価を異名だけで決めるべきではない。
李鍾範は俊足と総合力、李炳圭は長年にわたる安打製造能力、李政厚は高いコンタクト能力とMLBへの適応力という、それぞれ異なる強みを持っている。
李政厚を評価する際は、次の3点を基準にすると実像が見えやすい。
- 打率:ヒットを生み出すコンタクト能力が維持されているか。
- OPS・OPS+:単純な打率だけでは分からない出塁と長打の貢献度はどうか。
- 継続性:シーズン前半だけでなく、後半戦も同じ水準の打撃を維持できるか。
2026年は自己最高の打率と本塁打を残した一方、後半戦の成績には改善の余地があった。今後の評価を左右するのは、好調時の能力をどれだけ長い期間発揮できるかという点だ。
【韓国のイチローに関するよくある質問(FAQ)】
Q1:韓国のイチローと呼ばれる元祖は誰ですか?
A1:歴史的な代表格は元中日ドラゴンズの李鍾範です。1990年代の韓国プロ野球で打率.393、196安打、84盗塁を記録した俊足巧打の選手で、日本でも「韓国のイチロー」と紹介されました。
Q2:李政厚と李鍾範は親子ですか?
A2:はい。李鍾範が父親、李政厚が息子です。父は1994年、息子は2022年にKBOリーグのMVPを獲得し、リーグ史上初の父子MVPとなりました。
Q3:李炳圭も韓国のイチローと呼ばれていましたか?
A3:はい。2007年の中日ドラゴンズ加入時には、中日スポーツ紙が李炳圭を「韓国のイチロー」と表現しています。李鍾範とは別の選手で、親子関係ではありません。
Q4:李政厚の2026年の成績は?
A4:2026年のレギュラーシーズンは143試合に出場し、打率.276、10本塁打、57打点、12盗塁、OPS.724でした。打率、本塁打、打点、盗塁はMLB移籍後の自己最高です。
Q5:李政厚がジャイアンツで背番号51を着ける理由は?
A5:少年時代から憧れていたイチローにちなんだ番号だからです。キウム・ヒーローズ時代から使用しており、サンフランシスコ・ジャイアンツでも同じ番号を選びました。
まとめ:韓国のイチローは一人ではない、李政厚の次なる挑戦にも注目
「韓国のイチロー」という異名には、韓国野球の歴代スターたちの実績が重なっている。元祖として歴史に名を残す李鍾範、2007年に中日スポーツ紙から同じ異名で紹介された李炳圭、そして現在MLBで活躍する李政厚。それぞれが異なる時代に優れた打撃技術を見せてきた。
特に李政厚は、父・李鍾範から受け継いだ野球の才能だけでなく、KBOリーグの首位打者とMVPを獲得した実績を持つ。2026年にはジャイアンツで打率.276、10本塁打、12盗塁という成績を残し、メジャー移籍後の自己最高を更新した。
ただし、前半戦と後半戦の成績には差があり、MLBのトップクラスに定着するためには安定性の向上が欠かせない。
異名の由来を知るなら李鍾範、韓国野球の安打製造機を知るなら李炳圭、そして2026年の現在地と今後の成長を追うなら李政厚に注目したい。父が築いた韓国野球の歴史を背負いながら、息子がMLBでどこまで独自の実績を積み上げるのか。2027年以降のシーズンも、その評価を左右する重要な舞台となる。
主な事実確認資料: MLB公式選手成績・2026年シーズン総括、聯合ニュース、中央日報日本語版、日刊スポーツ、BASEBALL KING。