ホーム 芸能ニュース・ゴシップ 高千穂峰の天の逆鉾はいつ誰が刺した?坂本龍馬の伝説や日本三奇の謎を徹底解説

高千穂峰の天の逆鉾はいつ誰が刺した?坂本龍馬の伝説や日本三奇の謎を徹底解説

水無月 慧 水無月 慧 • 更新: • 公開: • 読了約 7 分
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宮崎県と鹿児島県の県境にそびえる霧島連山の主峰・高千穂峰。その標高1,574メートルの山頂に突き刺さるように佇むのが、日本三奇の一つに数えられる「天の逆鉾(あまのさかほこ)」です。青銅製の重厚な鉾が逆さまに突き立てられているその姿は、神話の時代を今に伝える神秘的な光景として、古くから多くの登山者や歴史ファンの心を捉えて離しません。

しかし、この天の逆鉾は「一体いつ、誰が何の目的で刺したのか」という根本的な疑問において、多くの謎に包まれています。加えて、幕末の志士・坂本龍馬が妻のお龍とともに登った際に「引き抜いた」という有名な伝説や、現在の鉾はオリジナルではなくレプリカであるという説など、真偽不明の情報が飛び交っています。本記事では、信頼できる最古の文献記録や歴史的背景を紐解きながら、天の逆鉾にまつわる数々の謎の真相に迫ります。

高千穂峰の山頂に立つ「天の逆鉾」とは何か

天の逆鉾

天の逆鉾は、霧島東神社の飛地境内となっている高千穂峰の山頂付近、そして火口である「御鉢(おはち)」の周辺に位置する神宝です。古事記や日本書紀に描かれる「天孫降臨」の舞台として知られる高千穂峰において、この鉾は神聖なシンボルとして扱われてきました。

日本三奇の一つとしても数えられるこの宝は、その名の通り刃先を下に、石の台座に対して逆向きに突き刺さる独特の形状をしています。古代の祭祀遺跡としての側面が強い一方で、なぜ逆さに刺さっているのか、その意図については神話的解釈と地質学的解釈の両面から議論が続けられています。

文献にみる記録:いつから存在し、誰が言及したのか

高千穂峰の天の逆鉾に関して、歴史的な裏付けとなる最古の記録は、江戸時代中期にさかのぼります。歴史上の文献においてその存在が明確に確認できるのは、橘三喜(たちばなさんき)が著した『一宮巡詣記(いちのみやじゅんけいき)』です。

同書によると、延宝3年(1675年)9月24日に著者がこの地を訪れ、「御逆鉾」などの名所を観光した旨が記されています。それ以前の古い記録や神話の本文そのものには直接的な描写が見当たらないため、創建や設置の正確な年代を特定することは極めて困難とされています。

時期・時代 出来事・記録 歴史的背景と概要
神話の時代 天孫降臨の伝承 瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)が高千穂峰に降臨した際、国家安泰を祈願して突き立てたという神話・伝説が生まれる。
江戸時代前期(1675年) 『一宮巡詣記』の記述 橘三喜が著書の中で「御逆鉾」として初めて記録。この頃にはすでに観光名所や信仰の対象として認知されていた。
幕末期(1866年頃) 坂本龍馬の登頂 坂本龍馬が妻のお龍を連れて高千穂峰に登頂。手紙の記述を端緒として、後に「鉾を引き抜いた」という有名な伝説が広まる。
近代・現代 噴火による破損とレプリカ説 御鉢の度重なる噴火や落雷により破損・修復を繰り返しており、現在の姿は当時のオリジナルから変化しているとされる。

坂本龍馬が引き抜いたという伝説の真実

天の逆鉾を語る上で欠かせないのが、幕末の英雄・坂本龍馬にまつわるエピソードです。龍馬が妻のお龍とともに高千穂峰を訪れた際、面白半分かあるいは豪力を示すためか、天の逆鉾を引き抜いてみたという話は非常に有名です。

しかし、実際の歴史検証においては慎重な見方が示されています。龍馬が姉の乙女らに宛てた手紙の原文を確認すると、高千穂峰に登頂して逆鉾を見物した旨の記載はあるものの、肝心の「引き抜いた」という具体的な記述までは確認されていません。後世の講談や小説、あるいは観光案内の過程でドラマチックに誇張され、現在の伝説として定着した側面が大きいと考えられています。

噴火の歴史と「レプリカ説」の真相

「現在の天の逆鉾は本物ではなくレプリカである」という噂についても、多くの歴史ファンや登山者の間で関心を集めています。高千穂峰の周辺は活火山である霧島連山に属しており、隣接する火口「御鉢」は過去に何度も噴火を繰り返してきました。

度重なる火山活動による噴火の衝撃や、山頂という過酷な気象条件による落雷、強風、そして過去の登山者による接触などで、鉾自体やその周辺の台座は幾度も破損や修復を受けています。そのため、江戸時代当時から伝わる完全な原形をとどめているわけではなく、補修や再設置が行われてきた歴史的経緯から「レプリカ説」が囁かれるようになりました。

【天の逆鉾】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:天の逆鉾は誰が何の目的で刺したのですか?
A1:神話では瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)が天孫降臨の際に平和を祈って刺したと伝えられていますが、実際の設置者や目的について記した確実な古文書は存在せず、謎に包まれています。

Q2:坂本龍馬が逆鉾を引き抜いたというのは本当ですか?
A2:龍馬が登頂した記録は残っているものの、本人の書いた手紙の原文には引き抜いたという明確な記述はなく、後世の創作や伝聞が混ざった伝説とされています。

Q3:現在の天の逆鉾に触ったり登ったりすることはできますか?
A3:天の逆鉾は霧島東神社の社宝であり、神聖な文化財として保護されています。山頂での過度な接触や破損につながる行為は厳に慎むべきであり、マナーを守った見学が大切です。

まとめ:歴史のロマンを味わう高千穂峰の魅力

天の逆鉾は、1675年の『一宮巡詣記』を最古の確実な記録としつつ、神話の世界から幕末の坂本龍馬に至るまで、数々のロマンと伝説をまとってきた貴重な存在です。火山の噴火や自然災害による修復の歴史を抱えながらも、高千穂峰の山頂で静かに空を見上げるその姿は、日本の古代信仰の原点を今に伝えています。

史実と伝説の境界線を見極めながら現地を訪れることで、霧島連山の雄大な自然とともに、歴史の深みをより一層肌で感じることができるはずです。 (出典: 天 の 逆鉾(Yahoo!ニュース))

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