俳優・早乙女太一の名前を検索すると、現在も関連ワードとして表示されるのが「DV報道」です。その発端は、2012年5月に交際相手だったモデル・西山茉希との路上での口論が週刊誌に報じられたことでした。早乙女本人は同月14日に謝罪会見を開き、西山を強く引っ張って転倒させた行為について「暴力になると思う」と認めています。
その後、2人は一時的な破局と復縁を経て2013年6月に結婚。2人の子どもをもうけたものの、2019年6月に離婚しました。2026年11月現在、早乙女は舞台や映像作品で活動を続けており、劇団新感線の代表作『髑髏城の七人 LAST STAND』では主演を務めます。過去の騒動で何が報じられ、本人は何を認め、その後2人の関係はどう変化したのでしょうか。
【騒動の発端】早乙女太一のDV報道は2012年5月の路上での口論だった
早乙女太一のDV報道が大きく広まったのは、2012年5月15日発売の週刊誌『女性自身』の記事がきっかけです。当時20歳だった早乙女と、交際相手でモデルの西山茉希との間で起きた深夜の口論が、写真付きで報じられました。
2012年5月11日深夜に起きたと報じられた出来事
『女性自身』の報道によると、2012年5月11日深夜、早乙女と西山は友人らとの食事を終えた後、東京都内にある早乙女の自宅マンション付近で激しい口論になりました。
報道では、西山がタクシーに乗ろうとした際、早乙女が腕を引っ張り、さらに突き飛ばすような行為に及んだとされています。西山の体がガードレールやアスファルトに強く打ち付けられる場面も伝えられました。
記事では、別れを切り出した西山と、それを引き留めようとする早乙女の間で口論が激化したと説明されています。
ただし、報道された現場の状況と、後日行われた早乙女本人の会見での説明には違いがあります。本人は、殴ったり投げ飛ばしたりしたという説明を否定し、強く引っ張って転倒させてしまったと話しました。
『女性自身』が報じた内容と本人の説明
この問題で重要なのは、週刊誌が伝えた現場描写と、早乙女本人が会見で認めた行為を区別することです。
『女性自身』は路上での一連の様子を目撃したとして写真付きで報道しました。一方、早乙女は西山を引き留める過程で力任せに引っ張り、倒してしまったことを認めています。
本人は殴打や、相手を地面に叩きつける行為については否定しましたが、身体的な力を使ったこと自体を全面否定したわけではありません。
このため、騒動の核心は単なる恋人同士の口論ではなく、交際相手に対する身体的な暴力を本人が認めて謝罪したという点にあります。
【2012年5月14日の謝罪会見】早乙女太一は何を認め、どう説明したのか
『女性自身』の発売前日となる2012年5月14日、早乙女は東京・中央区の明治座で舞台公演を終えた後、急きょ記者会見を開きました。
当時の報道によると、会見の目的は、西山への暴力が報じられることを受けて事情を説明し、謝罪することでした。
本人が認めたのは「強く引っ張って倒してしまった」行為
日刊スポーツが掲載した会見の一問一答では、早乙女は西山が家から出て行こうとしたため、引き留めようとしたことが口論の発端だったと説明しています。
本人の説明では、つかみ合いになり、思い切り引っ張った結果、西山が倒れてしまったとのことでした。
加えて、暴力を振るったのかと質問された際には、次のように答えています。
「暴力になると思う」
「殴ったり、たたきつけたりではないですが」
この発言は、騒動を検証するうえで特に重要です。早乙女は報道されたすべての行為を認めたわけではありませんが、自分の行為が暴力に当たるという認識を示しました。
「二度と同じ繰り返しがないようにします」と謝罪
会見では、騒動について謝罪するとともに、西山との関係についても説明しました。
早乙女は、口論の背景には、それまで2人の間に積み重なっていた不満があったと話しています。また、当日のうちに落ち着いて話し合い、仲直りしたことも明かしました。
再発防止については、次のように述べています。
「二度と同じ繰り返しがないようにします」
また、女性に手を出したことが最も反省すべき点だという趣旨の説明も行いました。
会見では、当時すでに同棲していたことや、交際を続ける意思があることも明らかにしています。
西山茉希もブログで謝罪していた
騒動が報じられる直前の5月13日には、早乙女と西山がそれぞれブログで大きなけんかをしたことについて触れ、謝罪していました。
早乙女は自身のブログで反省の言葉をつづり、「人として男として失格してしまいました」と謝罪したと『女性自身』が報じています。
西山も、2人の軽率な行動が騒動を招いたことについて謝罪しました。
ただし、双方がブログで謝罪したことと、身体的な暴力を受けた側の責任は別の問題です。西山が口論について言及したからといって、早乙女本人が認めた身体的な行為がなかったことになるわけではありません。
【時系列一覧】早乙女太一と西山茉希の騒動から結婚・離婚まで
2012年の騒動は、2人の交際に大きな影響を与えました。しかし、その後すぐに関係が完全に終わったわけではありません。
一時的に距離を置き、同棲を解消したと報じられた時期を経て、2人は再び生活を共にするようになり、結婚に至っています。
2人の関係と早乙女太一の活動を時系列で整理
| 時期 | 出来事 | 確認できる内容 |
|---|---|---|
| 2011年6月 | 交際開始 | 後に2人が連名発表で交際開始時期を説明。 |
| 2012年5月11日 | 路上での口論 | 『女性自身』が西山への暴力行為を報道。 |
| 2012年5月14日 | 謝罪会見 | 早乙女が身体的な行為を認め、謝罪と再発防止を表明。 |
| 2013年1月 | 一時的な破局 | 同棲解消が報じられた後、2人は距離を置いた時期があったと説明。 |
| 2013年4月 | 結婚・妊娠発表 | 西山の妊娠3か月と6月ごろの入籍予定を連名で発表。 |
| 2013年6月30日 | 結婚 | 婚姻届を提出。 |
| 2013年10月 | 第1子誕生 | 長女が誕生。 |
| 2016年4月 | 第2子誕生 | 次女が誕生。 |
| 2019年6月26日 | 離婚発表 | 双方の公式サイトで離婚を報告。 |
| 2020~2021年 | 離婚後の交流 | 西山が元夫との交流や子どもたちとの時間についてテレビで説明。 |
| 2026年 | 俳優活動を継続 | 劇団朱雀の公演、ドラマ出演、劇団新感線の主演舞台など。 |
2013年1月に破局報道、その後に復縁
2013年1月、早乙女と西山が同棲を解消し、事実上の破局状態になったと報じられました。
当時の日刊スポーツなどでは、2人のけんかが絶えなかったことや、2012年の騒動も関係していたと伝えられています。
しかし、同年4月17日、2人は連名のファクスで結婚を発表しました。
発表では、年初に一度距離を置いたことを認めつつ、完全に別れたわけではなく、互いに支え合いながら再び一緒に生活するようになったと説明しています。
この発表では、西山が妊娠3か月であることも公表されました。
2013年6月30日に結婚、2人の娘が誕生
早乙女と西山は2013年6月30日に婚姻届を提出しました。
同年10月には長女が誕生し、2016年4月には次女も誕生しています。
2015年にはハワイで挙式したことも報じられました。
2012年の騒動から約1年後に結婚した2人は、家族としての生活を築いていきました。
2019年6月26日に離婚を発表
結婚から約6年後の2019年6月26日、早乙女と西山は離婚したことを双方の公式サイトで発表しました。
連名のコメントでは、夫婦という形ではなく、今後は互いを尊重しながら協力していくという考えが示されました。
特に注目されたのは、2人の子どもについて父親と母親として守っていくという部分です。
「今後は、夫婦という形ではなく、パートナーとして、変わらずお互いに尊重し合い、協力し合いながら」
離婚理由について、公式発表では具体的な説明はありませんでした。2012年の騒動が直接の離婚原因だったと断定することもできません。
【離婚後の関係】早乙女太一と西山茉希は現在も交流している?
2019年に離婚した2人ですが、離婚後に完全に交流が途絶えたわけではありません。
西山茉希はテレビ番組への出演で、元夫である早乙女との関係や、子どもたちを交えた交流について複数回説明しています。
2020年には元夫の誕生日を一緒に祝う関係を明かす
2020年10月、フジテレビ系『ノンストップ!』に出演した西山は、離婚後も早乙女と子どもたちが交流していることを明かしました。
早乙女の誕生日には家族で集まり、一緒に過ごすこともあると説明。元夫の誕生日を祝うことについて、特別なこととして取り上げられることに疑問を示し、出会った人を大切にするという自身の考えを語りました。
また、離婚については、嫌いになって別れたわけではないという趣旨の説明もしています。
2021年には「会って過ごしてます」と発言
2021年10月には、TBS系『占いメガネ』に西山が出演し、早乙女との離婚後の関係について語りました。
番組内で現在も会っているのかと質問され、西山は会って一緒に過ごしていると説明しています。
加えて、子どもたちが早乙女を大好きであり、早乙女も子どもたちを大切にしていることに触れ、父親と母親として一緒に過ごす時間に幸せを感じるという趣旨の話をしました。
この発言から分かるのは、少なくとも2021年時点では、離婚後も子どもたちを中心とした交流が続いていたということです。
復縁したという噂は事実なのか
離婚後も元夫婦が一緒に過ごす様子が報じられると、復縁したのではないかという関心が集まりやすくなります。
しかし、2020年や2021年の西山の発言は、子どもたちとの交流や親としての関係について説明したものです。再婚や復縁を正式に発表したものではありません。
また、2026年時点で、2人が復縁・再婚したとする公式発表は確認できません。離婚後も良好な親子交流を続けることと、元夫婦として再び結婚することは別の話です。
【2026年最新】早乙女太一の現在の活動とDV騒動後の評判
2026年11月現在、早乙女太一は俳優として舞台・テレビドラマ・映画など幅広い分野で活動しています。
2012年の騒動から14年が経過していますが、現在の公式プロフィールを見ると、舞台俳優としての活動に加え、映像作品への出演や演出・プロデュースにも取り組んでいることが分かります。
2026年は劇団朱雀の公演や舞台演出にも参加
早乙女は、大衆演劇をルーツとする俳優です。4歳で初舞台を踏み、幼少期から全国の劇場で舞台経験を積みました。
2003年には北野武監督の映画『座頭市』に出演。その後も女形としての表現力を生かしながら、映画やドラマ、舞台で活動の幅を広げてきました。
2026年には、2代目座長を務める劇団朱雀の公演『OMIAKASHI』が東京・大阪・福岡で上演されました。早乙女は総合演出も担当しています。
また、2026年8月には「TOKYO INSIDE CLUB “The Last Dance” / OTOGI -TAICHI SAOTOME 30TH ANNIVERSARY STAGE-」の再演が行われ、出演だけでなく総合プロデュースと演出も担当しました。
劇団新感線『髑髏城の七人 LAST STAND』で主演
2026年の大きな話題の一つが、劇団新感線46周年興行・冬公演『髑髏城の七人 LAST STAND』への出演です。
所属事務所LDHの2026年9月17日付の公式発表によると、早乙女は主演として主人公・捨之介を演じます。
同作は2026年11月14日に東京・新橋演舞場で開幕し、その後、長野、金沢、大阪でも上演される予定です。
早乙女は過去のシリーズで蘭兵衛や天魔王を演じており、今回で『髑髏城の七人』への出演は4度目となります。
2026年9月の制作発表会見では、自身が同シリーズに何度も出演してきたことに触れ、「ミスター髑髏城」と呼ばれていると話題にしました。
今回の公演では、これまで演じてきた役とは異なる捨之介を担当します。長年培ってきた殺陣や身体表現を生かす、舞台俳優としての新たな挑戦です。
2026年のドラマ・映画出演も続く
LDHの公式プロフィールには、2026年の映像作品として以下の出演歴が掲載されています。
- WOWOW連続ドラマW『BLOOD & SWEAT』:田中博文役。2026年4月5日から5月24日まで放送。
- フジテレビ系『ヤンドク!』:第10話に小宮玲児役でゲスト出演。2026年3月16日放送。
- 劇場アニメーション『パリに咲くエトワール』:声優として出演。2026年3月13日公開。
このように、舞台を活動の中心に置きながらも、ドラマや映画、アニメーション作品まで出演分野を広げています。
DV騒動後の評判はどう変わったのか
2012年の騒動は、早乙女太一の芸能活動を語る際に避けて通れない出来事です。本人が暴力に当たる行為を認めて謝罪したため、単なる芸能人の熱愛報道とは性質が異なります。
一方、その後の活動を見ると、舞台俳優としての実績を重ね、劇団新感線のような大規模な舞台作品でも主要な役を任される存在になっています。
ここで区別したいのは、俳優としての仕事上の評価と、過去の行為に対する社会的な評価です。出演作が増えたことだけで、2012年の問題が社会的に解消されたと判断することはできません。
また、2026年時点で早乙女に対する世論全体の評価を示す代表性のある調査結果は見当たりません。ネット上の一部のコメントだけを取り上げて、世間の評価が完全に回復した、あるいは批判が続いていると決めつけるのも適切ではありません。
客観的に確認できるのは、過去に本人が暴力を認めて謝罪した事実と、その後も俳優として舞台・映像作品への出演を継続している事実です。この2つを切り分けて捉える必要があります。
【プロの結論】早乙女太一のDV報道から読み解くべき3つのポイント
早乙女太一のDV報道をめぐる一連の出来事には、芸能ニュースの読み方や、著名人の過去の問題を評価するうえで押さえておきたいポイントがあります。
1. 週刊誌の報道内容と本人の認めた事実を混同しない
2012年5月の騒動では、『女性自身』が路上での暴力行為を写真付きで報じました。その後、早乙女は会見で西山を強く引っ張って転倒させたことを認めています。
一方、殴打や投げ飛ばしについては本人が否定していました。
そのため、報道された現場描写と本人の説明を同一視せず、双方の内容を照らし合わせることが重要です。ただし、細かな行為の説明に違いがあっても、本人が身体的な暴力に当たる行為を認めた事実は変わりません。
2. 結婚や離婚の事実だけで過去の問題を説明しない
早乙女と西山は2013年に結婚し、2人の娘を育てた後、2019年に離婚しました。
一部の報道では夫婦間のすれ違いや子育てをめぐる事情が伝えられましたが、離婚の公式発表では具体的な原因は明らかにされていません。
2012年の暴力騒動と2019年の離婚を一本の因果関係で結び付けるのは、本人たちが公表した情報の範囲を超えます。
3. 現在の活動と過去の行為は別々に評価する
早乙女は2026年も舞台やドラマ、映画に出演しています。特に『髑髏城の七人 LAST STAND』での主演は、舞台俳優としてのキャリアにおける大きな仕事です。
しかし、現在の仕事上の活躍が過去の問題を帳消しにするわけではありません。
反対に、過去の騒動だけを理由に、その後の出演作や舞台での表現活動まで評価しないという考え方も、人物の現在を正確に理解することにはつながりません。
報道された出来事、本人の説明、離婚後の公表された関係、現在の仕事。それぞれを分けて見ることが、早乙女太一という人物を理解するための判断基準になります。
【早乙女太一のDV報道】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:早乙女太一のDV報道はいつ起きた?
A1:2012年5月です。5月11日深夜に西山茉希との路上での口論があったと報じられ、5月14日に早乙女本人が明治座で謝罪会見を開きました。翌15日発売の『女性自身』が詳しい状況を報道しました。
Q2:早乙女太一はDVを認めたの?
A2:2012年5月14日の会見で、西山を強く引っ張って倒してしまった行為について「暴力になると思う」と認めました。一方、殴ったり叩きつけたりしたという説明については否定しています。
Q3:早乙女太一と西山茉希は結婚していた?
A3:はい。2013年6月30日に結婚しました。2013年10月に長女、2016年4月に次女が誕生しています。
Q4:早乙女太一と西山茉希が離婚したのはいつ?
A4:2019年6月26日です。双方の公式サイトで離婚を発表し、今後は夫婦ではなく、父親と母親として子どもたちを守っていく考えを示しました。
Q5:離婚後も早乙女太一と西山茉希は会っている?
A5:西山は2020年と2021年のテレビ番組で、離婚後も早乙女と会い、子どもたちを交えて一緒に過ごしていることを明かしています。ただし、2026年現在の交流頻度について新たな公式発表は確認できません。
Q6:早乙女太一は2026年現在、何をしている?
A6:俳優として活動しています。2026年は劇団朱雀『OMIAKASHI』やWOWOW『BLOOD & SWEAT』などに出演。11月14日開幕の劇団新感線『髑髏城の七人 LAST STAND』では主演・捨之介を演じます。
まとめ:早乙女太一のDV報道と現在を正しく理解するために
早乙女太一のDV報道の発端は、2012年5月に西山茉希との路上での口論が『女性自身』に報じられたことでした。早乙女は同月14日の謝罪会見で、西山を強く引っ張って転倒させた行為を認め、再発防止を誓っています。
その後、2人は一時的な破局と復縁を経て2013年に結婚し、2人の娘をもうけました。しかし2019年6月に離婚。離婚後も子どもたちを中心とした交流が続いていることを、西山自身がテレビ番組で説明しています。
2026年11月現在、早乙女は劇団朱雀の活動やドラマ出演を続け、劇団新感線『髑髏城の七人 LAST STAND』では主演を務めます。過去の騒動と現在の俳優活動は、それぞれ独立した事実として捉えることが大切です。
2012年の出来事を単なる恋愛トラブルとして片付けることも、現在の活動だけを見て過去を忘れることも、正確な人物理解にはつながりません。本人が認めた行為、当時の報道、2人が公表した結婚・離婚の経緯、そして2026年の仕事を時系列で整理することが、この騒動の全体像を理解する最も確かな方法です。
主な確認資料
- 2012年5月の報道・謝罪会見:『女性自身』、日刊スポーツ、共同通信系報道。
- 2013年の結婚・2019年の離婚:スポニチ、日刊スポーツ、デイリースポーツ。
- 離婚後の交流:スポニチ、デイリースポーツによる西山茉希のテレビ出演報道。
- 2026年の出演・活動:LDH公式プロフィール、LDH公式発表、日刊スポーツ。