元卓球日本代表の平野早矢香さんは、2026年現在、どのような活動をしているのでしょうか。2012年ロンドンオリンピック女子団体銀メダリストとして知られる平野さんは、2016年の現役引退後も卓球界の第一線に関わり続けています。テレビ東京の卓球番組「卓球PROJECT2028」のMCを務めるほか、ミキハウススポーツクラブアドバイザー、日本卓球協会理事、卓球解説者など、活動の幅を広げています。
プライベートでは、2021年1月に一般男性と結婚し、2022年12月には第1子となる女の子を出産。母親として子育てをしながら仕事を続けています。また、2026年4月にはテレビ番組で、娘に卓球をさせたくないと考える理由も語り、話題になりました。現役時代の「卓球の鬼」という印象とは異なる、現在の平野さんの姿にも注目が集まっています。
【2026年最新】平野早矢香の現在の仕事は?テレビ出演や日本卓球協会理事として活躍
2026年11月現在、平野早矢香さんは現役を退いた元選手という立場にとどまらず、卓球界を支える解説者・指導者・スポーツキャスターとして活動しています。
所属事務所の株式会社Radiareが公開している公式プロフィールや出演情報によると、現在の主な活動はテレビ番組への出演、卓球競技の解説、後進の指導、講演会、卓球講習会などです。
テレビ東京「卓球PROJECT2028」のMC
2026年の大きな活動の一つが、テレビ東京の卓球番組「~絶対届く、金メダル。~卓球PROJECT2028」です。
2026年4月に番組MCへの就任が発表され、平野さんは水谷隼さんとともに番組を進行しています。公式番組情報では、毎週木曜日17時20分から17時45分までの放送として案内されています。
番組の目標は、2028年に福岡で開催される世界卓球選手権で日本が世界の頂点を目指すこと。トップ選手の密着取材や競技の最新情報、試合の戦術やラリーの駆け引きなどを伝える内容です。
2026年11月5日放送回のテレビ東京公式番組情報にも、平野早矢香さんと水谷隼さんの名前が出演者として掲載されています。現役時代に国際大会を経験した平野さんの視点は、選手の心理や試合展開を理解するうえでも大きな役割を担っています。
日本卓球協会の理事として競技の発展にも関与
平野さんは2022年に公益財団法人日本卓球協会の理事に就任しました。
加えて、2026年6月に行われた日本卓球協会の役員改選後も、2026年度から2027年度の役員名簿に理事として名前が掲載されています。公式プロフィールにはアスリート委員会委員としての役割も記載されています。
選手として世界の舞台を経験した立場から、競技の普及や選手を取り巻く環境の整備に関わっている点は、引退後の重要な活動です。
ミキハウスやニッタクでの活動も継続
平野さんは現役時代から所属していたミキハウスとの関係を続けており、現在はミキハウススポーツクラブアドバイザーとして後進の指導に携わっています。
また、卓球用品メーカーのニッタクではアドバイザーを務めています。競技用具に関する知識や選手としての経験を生かし、卓球の普及や用具に関する活動にも参加しています。
2026年の活動を整理すると、平野さんはテレビ出演だけでなく、競技団体の運営、選手育成、卓球用品に関するアドバイスまで複数の役割を担っていることが分かります。
【結婚・夫・娘】平野早矢香は2021年に一般男性と結婚!現在の家族構成は?
平野早矢香さんは2021年1月に結婚しています。現役時代から知名度の高い選手だったこともあり、結婚発表当時はお相手がどのような人物なのか注目されました。
2021年1月10日に一般男性と入籍
平野さんが結婚を公表したのは2021年1月15日です。本人の公式発信と2021年1月15日付のENCOUNTの報道によると、婚姻届を提出したのは2021年1月10日でした。
お相手は同世代の一般男性です。平野さん自身が取材で明かしたところによると、夫は卓球関係者でも現役アスリートでもなく、スポーツに携わる仕事をしている人物です。
2人の出会いは知人の紹介でした。平野さんは夫について、自分とは正反対の穏やかな性格で、話をよく聞いてくれる優しい人だと紹介しています。
また、互いの仕事を尊重し、家庭では安心して過ごせる関係を築きたいという考えも明かしていました。
夫の氏名や詳しい勤務先などは公表されていません。一般男性である夫のプライバシーを大切にしながら、家庭生活を送っている様子がうかがえます。
2022年12月に第1子となる女の子を出産
結婚から約1年半後の2022年8月5日、平野さんは第1子を妊娠したことを発表しました。
そして、2022年12月29日に第1子となる女の子を出産。ENCOUNTの報道によると、赤ちゃんは3380グラムで、母子ともに健康だったと伝えられています。
2026年11月現在、娘さんは3歳です。平野さんは公式プロフィールでも一児の母として紹介されています。
夫婦で協力する子育てと仕事の両立
2024年5月のCHANTO WEBのインタビューでは、出産後の仕事復帰や夫婦の子育てについて詳しく語っています。
平野さんは出産前から夫婦で話し合い、夫も最初から赤ちゃんのお世話ができるように、あえて里帰り出産を選ばなかったと説明しています。
出産後は夫も入浴やおむつ替え、ミルクなどの育児に参加。仕事への復帰についても、産後2か月を少し過ぎた頃から単発の仕事を始め、レギュラー番組には産後3か月頃から復帰したと明かしました。
トップアスリートとして長年競技に打ち込んできた平野さんにとって、家庭と仕事の両立は新しい挑戦でもあります。夫婦で事前に話し合い、協力する体制を整えたことが、現在の活動につながっています。
【卓球の実績】全日本5度優勝とロンドン五輪銀メダル!「卓球の鬼」と呼ばれた理由
現在のスポーツキャスターとしての活動を理解するには、平野早矢香さんが現役時代に残した実績を振り返る必要があります。
1985年3月24日、栃木県鹿沼市生まれ。卓球を始めたのは5歳のときでした。両親が卓球をしていたことがきっかけで、幼い頃からラケットやボールに親しんでいました。
その後、卓球の強豪校である仙台育英学園秀光中学校・仙台育英学園高等学校へ進学。中学生からは親元を離れて寮生活を送り、競技に打ち込む環境を選びました。
18歳で全日本選手権初優勝、通算5度の日本一
高校卒業後はミキハウスに入社。2004年、18歳で全日本卓球選手権女子シングルス初優勝を達成しました。
さらに2007年度から2009年度まで3連覇を達成。通算では全日本卓球選手権女子シングルス5度の優勝という輝かしい実績を残しています。
世界選手権にも2001年から14大会連続で出場。2014年の世界選手権東京大会では女子団体銀メダルを獲得しました。
2012年ロンドン五輪で日本卓球界初の銀メダル
平野さんの競技人生を象徴する出来事が、2012年ロンドンオリンピックです。
女子団体戦で福原愛さん、石川佳純さんとともに日本代表として出場し、見事に銀メダルを獲得しました。
これは日本卓球界にとって歴史的な快挙でした。日本オリンピック委員会や所属先の公式プロフィールでも、日本卓球史上初の五輪メダル獲得として紹介されています。
北京2008大会では女子団体4位。続くロンドン大会で銀メダルを獲得したことからも、平野さんが長年にわたって日本女子卓球を支えてきたことが分かります。
「卓球の鬼」という異名の由来
平野さんを語る際に欠かせないのが、現役時代の「卓球の鬼」という異名です。
試合中の鋭い表情や、相手に一歩も引かない気迫のこもったプレースタイルが印象的で、鬼気迫る選手として知られていました。
2024年1月のニッポン放送のインタビューでは、平野さん自身が2008年の世界卓球の頃に「卓球の鬼」と呼ばれるようになった経緯を振り返っています。
本人の説明によると、相手を威嚇しようとしていたわけではなく、自分の気持ちを乱さず、試合に集中することを意識した結果、自然と厳しい表情になっていたそうです。
また、卓球は相手との距離が近い対人競技です。相手の心理を読み、自分の弱みを見せないことも重要になります。平野さんの鋭い表情は、そうした競技特性の中で生まれたものでした。
2017年には自伝的な著書『卓球の鬼と呼ばれて。』も出版。現役時代の競技生活やメンタルの鍛え方、勝負への向き合い方を振り返っています。
【経歴・年表】平野早矢香の競技人生から結婚・2026年の活動まで
平野早矢香さんの人生を時系列で整理すると、競技者としての成功と引退後の活動、そして家庭生活がどのようにつながっているのかが見えてきます。
| 時期 | 関係する人物・組織 | 主な出来事・実績 |
|---|---|---|
| 1985年 | 栃木県鹿沼市 | 3月24日生まれ。5歳から卓球を始める。 |
| 2003年 | ミキハウス | 高校卒業後に入社し、実業団選手として活動。 |
| 2004年 | 全日本卓球選手権 | 女子シングルスで初優勝。 |
| 2007~2009年度 | 全日本卓球選手権 | 女子シングルス3連覇。通算5度の優勝を達成。 |
| 2012年 | 福原愛・石川佳純 | ロンドン五輪女子団体で銀メダルを獲得。 |
| 2014年 | 世界卓球東京大会 | 女子団体で銀メダルを獲得。 |
| 2016年4月 | ミキハウス・日本リーグ | 現役引退。指導者・解説者としての活動へ。 |
| 2021年1月10日 | 一般男性の夫 | 婚姻届を提出し結婚。 |
| 2022年12月29日 | 第1子の娘 | 女児を出産。 |
| 2022年~ | 日本卓球協会 | 理事に就任。2026年度の役員名簿にも掲載。 |
| 2026年 | テレビ東京・水谷隼 | 卓球PROJECT2028のMCとして活動。 |
この年表から分かるのは、2016年の引退が卓球との完全な決別ではなかったということです。
選手としての競技生活を終えた後も、ミキハウスでの指導、テレビ解説、協会理事などを通じて卓球界との関係を深めています。
現役時代の経験を次世代に伝える立場へ移行したことが、現在の平野さんのキャリアを形作っています。
【引退理由】平野早矢香はなぜ2016年に現役を引退した?リオ五輪を逃した決断の背景
平野早矢香さんは2016年4月に現役を引退しました。当時、ロンドン五輪の銀メダリストであり、全日本選手権でも何度も優勝していた選手だけに、引退を惜しむ声もありました。
しかし、引退の背景には、単純な成績の低下だけでは説明できない、本人の競技人生に対する考えがありました。
2016年リオデジャネイロ五輪への出場を逃した
平野さんはロンドン五輪後も第一線で競技を続け、2016年のリオデジャネイロオリンピックを目標にしていました。
しかし、2015年には若手選手の台頭もあり、世界ランキングで順位を下げることになります。2015年9月の世界ランキングでは19位となり、3大会連続となる五輪出場は実現しませんでした。
2016年3月、所属先のミキハウスから同年4月の日本リーグ・ビッグトーナメントを最後に引退することが発表されました。
次の東京五輪まで4年間を戦い抜く難しさ
引退の決断については、2016年4月12日の日本オリンピック委員会の報道資料や、その後の本人のインタビューで詳しく説明されています。
平野さんが考えていたのは、2020年東京オリンピックまで競技を続ける可能性でした。
当時、東京五輪が開催される2020年には35歳になる予定でした。日本国内では若い選手が次々と台頭しており、再び五輪代表を目指すには、さらに4年間を第一線で戦い続けなければなりません。
本人は、卓球を続けること自体は可能でも、トップレベルで戦える確率が下がる状況で、その4年間を競技に懸けられるのかを真剣に考えたと振り返っています。
また、リオ五輪出場を逃した後も、次の目標を見つけようと国内外の試合に出場していましたが、自分の心が本当に燃えるのはオリンピックだったという思いもありました。
引退後は卓球界を支える立場へ
引退会見では、海外でプレーする可能性も考えたものの、オリンピックに代わる大会はないと感じたことが決断の背景にあったと説明しています。
一方、引退後の仕事については、当初から明確な計画があったわけではありませんでした。
ニッポン放送の2018年のインタビューでも、引退後はゆっくり過ごそうと考えていたことや、当時は次の人生について具体的なプランがなかったことを語っています。
結果として、テレビ出演や卓球教室、講演、指導などの仕事が広がり、現在のセカンドキャリアにつながりました。
引退は競技への情熱を失ったからというよりも、自分の年齢や競技レベル、次の五輪までの時間を冷静に考えたうえでの決断だったのです。
【娘に卓球をさせたくない理由】平野早矢香が語った母親としての本音
平野早矢香さんの子育てに関する発言の中でも、特に注目されたのが、娘にはできれば卓球をしてほしくないという考えです。
五輪メダリストの娘であれば、将来は卓球選手を目指すのではないかと想像する人もいる可能性があります。しかし、平野さんの考えは少し違います。
娘が「平野の娘」と見られることへの心配
2024年5月のCHANTO WEBのインタビューで、平野さんは娘に卓球をさせたくない理由を説明しています。
一つ目は、娘が自分の名前や実績と結び付けられてしまうことへの心配です。
親が有名な卓球選手である場合、娘自身の実力とは関係なく「平野早矢香の娘」という目で見られる可能性があります。本人が競技に取り組む際にも、周囲から余計な期待やプレッシャーを受ける可能性があります。
また、娘を指導するコーチに対しても、自分の存在が心理的な負担になることを気にしていました。
自分が指導すると鬼コーチになってしまう?
もう一つの理由は、母親として娘に卓球を教えることの難しさです。
平野さんは現役時代、勝つために厳しい練習を重ねてきました。その経験があるからこそ、娘に教えるとなれば、自分の考えや指導方法を強く押し付けてしまう可能性を心配しています。
2026年4月29日付のスポニチの報道では、テレビ東京系「伊集院光&佐久間宣行の勝手にテレ東批評」に出演した際の発言が紹介されました。
平野さんは娘に卓球をさせたくないと思っており、ラケットとボールを隠しているというエピソードも明かしています。
自分が教えることで鬼コーチになり、娘が嫌がり、別のコーチに任せても指導内容が気になってしまう。そうした親子関係の難しさを想像しているのです。
現役時代の「卓球の鬼」という異名を考えると、本人が自分の指導スタイルをよく理解していることが伝わる話でもあります。
娘には自分で好きな道を選んでほしい
平野さんが娘に望んでいるのは、卓球選手になることではなく、自分自身が本当にやりたいことを見つけることです。
2023年12月のNumber Webのインタビューでは、卓球に打ち込んできたことで大学進学やアルバイトなど、経験できなかったこともあったと振り返っています。
一つのことに全力で取り組む人生には大きな価値があります。しかし、その一方で、選択した道によって経験できなくなることもあるというのが、平野さん自身の実感です。
だからこそ、娘には自分が経験したことのない世界にも触れてほしいと考えています。
もちろん、卓球を絶対に禁止しているわけではありません。本人が将来、自分の意思で卓球をやりたいと言えば、その選択を尊重する考えも示しています。
この発言から見えてくるのは、トップアスリートとしての実績を子どもに引き継がせるのではなく、子ども自身の人生を尊重したいという母親としての思いです。
【平野早矢香に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:平野早矢香さんは2026年現在、何をしていますか?
A1:テレビ東京「卓球PROJECT2028」のMC、卓球競技の解説、ミキハウススポーツクラブアドバイザー、日本卓球協会理事、講演・卓球指導など幅広く活動しています。
Q2:平野早矢香さんは結婚していますか?夫は誰ですか?
A2:2021年1月10日に一般男性と結婚しています。夫は卓球関係者やアスリートではなく、スポーツに携わる仕事をしている同世代の男性です。氏名や勤務先などは公表されていません。
Q3:平野早矢香さんに子供はいますか?
A3:います。2022年12月29日に第1子となる女の子を出産しました。2026年11月現在、娘さんは3歳です。
Q4:平野早矢香さんが卓球を引退した理由は何ですか?
A4:2016年リオデジャネイロ五輪への出場を逃したことが大きな転機でした。2020年東京五輪までの4年間を第一線で戦い続ける難しさを考え、現役引退を決断しました。
Q5:平野早矢香さんは全日本卓球選手権で何回優勝しましたか?
A5:女子シングルスで通算5回優勝しています。2007年度から2009年度には3連覇を達成しました。
Q6:平野早矢香さんの娘が卓球をしない理由は何ですか?
A6:平野さん自身が、娘にはできれば卓球をしてほしくないと考えているためです。自分の娘ということで周囲からプレッシャーを受けることや、自分が指導することで親子関係に影響する可能性を心配しています。ただし、娘本人が希望した場合には、その意思を尊重する考えです。
Q7:「卓球の鬼」と呼ばれたのはなぜですか?
A7:試合中の厳しい表情や、勝負に徹する気迫のこもったプレースタイルが由来です。本人は、相手を威嚇するためではなく、自分の集中力や心理状態を保つことを意識していたと説明しています。
まとめ:平野早矢香は競技者から指導者・解説者、そして母親へ
平野早矢香さんは、2012年ロンドンオリンピック女子団体銀メダル、全日本卓球選手権女子シングルス5度優勝という輝かしい実績を残した元卓球日本代表です。
2016年に現役を引退した後は、ミキハウススポーツクラブアドバイザーとしての指導活動をはじめ、テレビ解説、スポーツキャスター、講演会、日本卓球協会理事など、さまざまな立場から卓球界を支えてきました。
2026年にはテレビ東京の「卓球PROJECT2028」でMCを務め、2028年の世界卓球に向けた日本卓球界の取り組みにも関わっています。
プライベートでは2021年に一般男性と結婚し、2022年には娘が誕生。夫婦で協力しながら子育てと仕事を両立しています。
特に印象的なのは、娘に卓球を無理に引き継がせようとしない姿勢です。自分が歩んできた厳しい競技人生を理解しているからこそ、娘には自分の意思で好きな道を選んでほしいと願っています。
現役時代の「卓球の鬼」から、現在は競技を伝え、次世代を支える存在へ。平野早矢香さんの2026年は、卓球界への貢献と家族との生活を両立させながら、新しい役割に挑戦し続ける時期となっています。
主な照合資料:平野早矢香公式プロフィール・出演情報、日本卓球協会2026年度役員名簿、テレビ東京番組情報、JOC、ENCOUNT、CHANTO WEB、Number Web、ニッポン放送、スポニチ。