松平定知さんは、長年NHKの報道番組や歴史番組を担当してきたフリーアナウンサーです。名前の読み方は「まつだいら・さだとも」。一見すると「さだとも」と読みにくい名前ですが、本人のプロフィールでもこの読み方が確認できます。
基本プロフィール
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 松平定知 |
| 読み方 | まつだいら・さだとも |
| 生年月日 | 1944年11月7日 |
| 年齢 | 81歳(2026年11月5日現在) |
| 出身 | 東京都生まれ |
| 出身高校 | 東京教育大学附属駒場高校(現・筑波大学附属駒場高校) |
| 最終学歴 | 早稲田大学商学部卒業 |
| 職業 | フリーアナウンサー、大学教授 |
| NHK入局 | 1969年 |
| NHK退職 | 2007年 |
| 現在の主な肩書 | 京都芸術大学教授、國學院大學客員教授 |
生年月日や学歴については、松平さんの人物プロフィールや企業の役員略歴などにも記録されています。特に2016年の企業開示資料には、1944年11月7日生まれという情報と大学での役職が記載されています。
早稲田大学卒業からNHK入局へ
松平さんは1969年3月に早稲田大学商学部を卒業し、同年4月にNHKへ入局しました。
最初の赴任先はNHK高知放送局です。その後、1974年に東京アナウンス室へ異動し、全国放送の番組を担当するようになります。
地方局での勤務を経験してから東京へ移るという経歴は、当時のNHKアナウンサーのキャリア形成を考えるうえでも興味深いものです。
ニュース、情報番組、歴史番組、ドキュメンタリーと担当分野を広げていった松平さんのキャリアは、単なる人気アナウンサーという枠には収まりません。
【NHK時代の功績】1969年入局から2007年退職までの歩み
松平さんのNHK時代を振り返ると、特定のジャンルだけにとどまらず、ニュース報道から教養番組、歴史番組まで幅広く担当していたことが分かります。
NHKプロモーションの講師プロフィールによれば、ニュース番組を約15年間担当し、NHKスペシャルではシリーズ・単発番組を合わせて100本以上に携わっています。
松平定知の経歴・主要な転換点
| 時期 | 出来事・担当番組 | 主な実績・意味 |
|---|---|---|
| 1944年 | 東京都生まれ | 11月7日生まれ |
| 1969年3月 | 早稲田大学卒業 | 商学部を卒業 |
| 1969年4月 | NHK入局 | アナウンサーとしてのキャリアを開始 |
| 1969年6月 | NHK高知放送局 | 地方局勤務を経験 |
| 1974年 | 東京アナウンス室 | 全国放送の番組を担当 |
| 1980〜1990年代 | ニュース・情報番組 | 「連想ゲーム」「ニュース11」などで活躍 |
| 1990年 | NHK紅白歌合戦 | 第41回の総合司会を担当 |
| 2000〜2009年 | 「その時歴史が動いた」 | 約9年間キャスターを担当 |
| 2007年11月 | NHK退職 | NHKの職員としての経歴に区切り |
| 2009年3月 | 「その時歴史が動いた」終了 | 9年間の番組の歴史に幕 |
「連想ゲーム」「ニュース11」で培ったアナウンス力
松平さんの初期の代表的な仕事として知られているのが、クイズ・情報番組の「連想ゲーム」です。
その後、「日本語再発見」などの司会を経験し、ニュースの世界でも存在感を示しました。
主な担当番組には次のようなものがあります。
- 「連想ゲーム」
- 「日本語再発見」
- 「モーニングワイド」
- 「19時ニュース」
- 「ニュース11」
- 「NHKスペシャル」
- 「世界遺産100」
特にニュース番組では、長期間にわたり視聴者へ情報を伝える役割を担いました。
NHKスペシャルでも「世紀を越えて」「新シルクロード」「マネー資本主義」などのシリーズを担当。単発企画も含めて100本以上に携わった実績があります。
NHK紅白歌合戦の総合司会も担当
松平さんの実績として忘れてはならないのが、NHK紅白歌合戦です。
1990年12月31日に放送された第41回NHK紅白歌合戦では、三田佳子さん、西田敏行さんが司会を務め、松平さんが総合司会を担当しました。
当時の放送記録は、放送ライブラリーにも保存されています。
紅白歌合戦の総合司会は、出演者や番組全体の進行を見渡しながら、長時間の生放送を安定して進める重要な役割です。
ニュースキャスターとしての正確さに加え、番組全体をコントロールする対応力も求められます。
報道と娯楽番組の双方で実績を積んだ松平さんにとって、紅白歌合戦はNHK時代の代表的な仕事の一つです。
【その時歴史が動いた】9年間の出演が松平定知の代表作になった理由
松平定知さんの名前を聞いて、多くの視聴者が思い浮かべる番組が「その時歴史が動いた」です。
NHKで2000年3月に始まった歴史情報番組で、歴史上の重大な出来事を取り上げ、その瞬間に何が起きていたのかを掘り下げる構成でした。
松平さんは第1回から最終回までキャスターを務め、約9年間にわたって番組を支えました。
355の歴史的瞬間を伝えたキャスター
2009年9月のPRESIDENT Onlineの著者インタビューでは、番組が2000年3月の第1回から2009年3月18日の最終回まで続き、松平さんが担当した歴史的瞬間は355に上ったと紹介されています。
注目したいのは、単に歴史上の出来事を紹介するだけではなく、その出来事に関わった人物の判断や人間関係まで掘り下げていた点です。
歴史上の人物を英雄として一面的に描くのではなく、当時の状況や周囲の人物との関係から考える。
こうした番組の姿勢は、松平さんの落ち着いた語り口とも相性がよく、歴史を専門に学んでいない視聴者にも親しみやすい内容につながりました。
歴史番組から歴史関連の著作へ
番組終了後も、松平さんは歴史をテーマにした執筆を続けています。
代表的な著書の一つが『歴史を「本当に」動かした戦国武将』です。
同書では、歴史を動かした人物を考える際、天下人や有名なリーダーだけでなく、その周囲で支えた人物にも注目しています。
PRESIDENT Onlineのインタビューでは、黒田官兵衛や直江兼続、片倉小十郎など、いわゆるナンバー2の人物像を取り上げた背景が紹介されています。
この視点は、歴史番組のキャスターとして長年にわたって多くの人物を見つめてきた松平さんならではの関心とも結び付いています。
【NHK退職理由の真相】2007年退職と2009年番組終了は別の出来事
松平さんについて検索すると、「NHKを辞めたのはなぜ?」「その時歴史が動いたのが終わったから?」という疑問が見られます。
この疑問を理解するには、2007年のNHK退職と2009年の番組終了を分けて考えることが大切です。
NHKを退職したのは2007年
ラジオNIKKEIのプロフィールやNHK関連の講師プロフィールでは、松平さんのNHK退職は2007年とされています。
講師プロフィールには2007年11月退職と記載されています。PRESIDENT Onlineの略歴では2007年12月退局と表記されていますが、いずれも2007年末の退職を示しています。
2009年まで番組を担当していたのはなぜ?
ここが混同されやすいポイントです。
2009年1月の当時の報道では、松平さんは2007年11月末にNHKとの嘱託契約が満了した後も、「その時歴史が動いた」の出演を続けていたと説明されています。
つまり、NHKの職員としての退職と、番組キャスターとしての仕事の終了には時間差があったのです。
番組は2009年3月18日に最終回を迎えました。
NHK退職の理由は何だったのか
公開されているプロフィールでは、退職年月は確認できますが、松平さん本人による個別の退職理由の詳細な説明は掲載されていません。
そのため、特定の番組を降板させられたことや、何らかのトラブルが退職の原因だったとする説明には根拠がありません。
確認できる経緯は、次のとおりです。
- 2007年:NHKを退職。
- 退職後:嘱託契約のもとで番組出演を継続。
- 2009年3月:最後のレギュラー番組「その時歴史が動いた」が終了。
この時系列を見ると、NHK退職と番組終了は別々の節目だったことが分かります。
退職後に大学教育や講演、著作活動へ移行していることからも、NHKでのキャリアを終えた後に、新しい活動領域を築いていったことがうかがえます。
【松平定知の現在2026年最新】京都芸術大学教授・國學院大學客員教授として活動
2026年現在の松平さんは、NHKを退職して完全に表舞台から離れたわけではありません。
NHKプロモーションの現行プロフィールでは、次の肩書が掲載されています。
- 京都芸術大学教授
- 國學院大學客員教授
- 元NHKキャスター
特に大学教育と講演活動は、現在の活動を理解するうえで重要な分野です。
京都芸術大学教授としての教育活動
松平さんは、京都芸術大学の教授として、アナウンサーとして培ってきた言葉の技術や朗読の経験を教育に生かしてきました。
大学の公開講座「藝術学舎」では、松平さんが担当する朗読講座が実施されています。
2021年には『徒然草』の全文音読をテーマとした講座が開講され、2023年には藤沢周平の『三屋清左衛門残日録』を読む講座が開催されました。
こうした講座では、単に文章を声に出すだけでなく、作品の内容を理解し、文章のリズムや言葉の意味を考えながら読むことが重視されています。
これはニュース原稿を正確に伝えるアナウンス技術と、文学作品の世界を表現する朗読技術の両方を学べる取り組みです。
國學院大學客員教授としての活動
松平さんは國學院大學でも客員教授を務めています。
企業の役員候補者略歴には、2010年4月に國學院大學客員教授、同年6月に京都造形芸術大学教授に就任した経歴が記載されています。
現在のNHKプロモーションのプロフィールでも、國學院大學客員教授の肩書が掲載されています。
NHK時代の報道経験を、大学での教育や社会への発信につなげてきた点が特徴です。
2025年にはラジオNIKKEIの対談番組にも出演
退職後もメディアでの活動は続いています。
2025年1月には、ラジオNIKKEI第1の「ラジオ一燈塾」にゲストとして出演しました。
前編は1月7日、後編は1月14日に放送され、幼少期や学生時代、NHK入局後の経験、アナウンサーという仕事に対する考え方などが紹介されました。
同番組は、さまざまな分野で活躍してきた人物から生き方を学ぶことをテーマにした対談番組です。
2026年の現在の肩書や講演テーマからも、松平さんがアナウンス技術、歴史、言葉の教育を中心に活動を続けていることが分かります。
講演活動で扱うテーマ
NHKプロモーションが掲載している講演テーマには、次のようなものがあります。
| 講演テーマ | 内容 |
|---|---|
| 私の取材ノート | 「その時歴史が動いた」の取材現場 |
| 「伝える」ということ | 情報を正確に伝える技術 |
| TVの文体・新聞の文体 | メディアごとの言葉の特徴 |
| 朗読の醍醐味 | 日本語の表現と朗読技術 |
| 歴史上の人物に学ぶ経営者像 | 歴史から考えるリーダーシップ |
講演テーマを見ると、歴史だけでなく、ビジネスやコミュニケーション教育にも活動領域が広がっていることが分かります。
【藤沢周平の朗読と著書】松平定知が伝える日本語の魅力
松平さんのもう一つの代表的な仕事が朗読です。
テレビでの知名度が高い一方、ラジオでの朗読活動にも長い実績があります。
ラジオ深夜便で藤沢周平作品を9年間朗読
松平さんは、NHKラジオ深夜便で「藤沢周平を読む」という朗読シリーズを担当しました。
このシリーズは約9年間続いた実績があります。
藤沢周平は、江戸時代の市井の人々や武士の暮らしを丁寧に描いた作家です。
松平さんが朗読した作品には、「用心棒日月抄」や「三屋清左衛門残日録」などがあります。
大学の公開講座の紹介では、「蝉しぐれ」などの藤沢作品も朗読してきたことが記されています。
松平定知の朗読が評価される理由
松平さんの朗読の特徴は、過度な演出を加えるのではなく、作家が書いた文章そのものを大切にする姿勢です。
京都芸術大学の公開講座では、松平さんが朗読に対する考え方を次のように説明しています。
作者へのリスペクト、これが朗読の根幹になくてはならぬと思います。
この考え方は、ニュース原稿を読む仕事との違いを考えると理解しやすくなります。
ニュースでは、限られた時間の中で情報を正確に伝えることが優先されます。一方、文学作品の朗読では、作家が選んだ言葉や文章の構造を尊重しなければなりません。
松平さんは、声の強弱や間の取り方、呼吸によって作品の世界を表現してきました。
朗読が単なる音読ではなく、書き手と読み手の対話でもあるという考え方が、長年の活動に通じています。
松平定知の主な著書・出版物
松平さんは、歴史や日本語、アナウンス技術に関する著作も発表しています。
| 書名 | 主なテーマ |
|---|---|
| 『歴史を「本当に」動かした戦国武将』 | 戦国武将と歴史を支えた人物 |
| 『幕末維新を「本当に」動かした10人』 | 幕末維新の重要人物 |
| 『心を豊かにする言葉術』 | 日本語とコミュニケーション |
| 『アナウンサーの日本語論』 | アナウンスと言葉の使い方 |
| 『謀る力』 | 歴史や人物から考える思考法 |
| 『松平定知朗読集』 | 朗読作品を収録した全5巻 |
これらの出版物からは、松平さんの関心が歴史だけにとどまらず、日本語の表現や伝える技術にも及んでいることが分かります。
特に『心を豊かにする言葉術』や『アナウンサーの日本語論』は、長年の放送経験を言葉の教育へとつなげた著作として位置付けられます。
受賞歴から分かる放送人としての評価
松平さんの実績は、担当番組の数だけではありません。
ラジオNIKKEIのプロフィールには、次の受賞歴が紹介されています。
- 2007年:年間放送人グランプリ特別賞
- 2010年:放送文化基金賞
- 2013年:前島密賞
報道、歴史番組、朗読といった複数の分野で積み重ねた仕事が、放送文化への貢献として評価されてきたことがうかがえます。
【プロの結論】松平定知のキャリアから見えるアナウンサーの本当の価値
松平定知さんのキャリアを振り返ると、最も特徴的なのは、テレビの人気キャスターという立場にとどまらなかったことです。
NHKでニュースを伝え、歴史番組で過去の出来事を解説し、ラジオで文学作品を読み、大学で言葉の技術を教える。
それぞれの活動は異なりますが、根底には「言葉を通して情報や物語を正確に伝える」という共通点があります。
松平定知の功績を評価する3つの視点
1.報道と教養番組の両方で実績を残したこと
ニュース番組を約15年間担当し、NHKスペシャルでは100本以上の作品に携わりました。
報道に必要な正確性と、教養番組に求められる分かりやすさを両立させたことは、松平さんの大きな実績です。
2.歴史を人物の視点から伝えたこと
「その時歴史が動いた」では、約9年間にわたり355の歴史的瞬間を紹介しました。
歴史上の出来事を年号や事件名だけで説明するのではなく、そこに関わった人物の判断や人間関係まで掘り下げたことが、番組の魅力につながりました。
3.退職後も専門性を社会に還元したこと
大学教授としての教育、朗読、講演、著作活動は、NHK時代の経験を新しい形で活用する取り組みです。
特に朗読教育では、発声や滑舌だけでなく、文章を理解し、書き手の意図を尊重する姿勢まで伝えています。
松平さんの歩みは、アナウンサーの仕事がテレビ出演だけで完結するものではないことを示しています。
ニュースを読む技術は、教育や朗読、講演といった別の分野でも生かせる。その可能性を長年にわたって実践してきた人物です。
【松平定知に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:松平定知は現在何歳ですか?
A1:1944年11月7日生まれで、2026年11月5日現在は81歳です。2026年11月7日に82歳の誕生日を迎えます。
Q2:松平定知の現在の職業は何ですか?
A2:NHKプロモーションの公開プロフィールでは、京都芸術大学教授、國學院大學客員教授として紹介されています。講演や朗読、言葉の教育などにも活動領域を広げています。
Q3:松平定知がNHKを退職した理由は何ですか?
A3:NHKの公開プロフィールでは2007年の退職が確認できますが、個別の退職理由は詳しく公表されていません。退職後も嘱託契約で「その時歴史が動いた」の出演を続け、番組は2009年3月に終了しました。
Q4:「その時歴史が動いた」は何年間担当しましたか?
A4:約9年間です。2000年3月の第1回から2009年3月18日の最終回までキャスターを務めました。
Q5:松平定知はNHK紅白歌合戦の司会を務めましたか?
A5:はい。1990年の第41回NHK紅白歌合戦で総合司会を務めています。
Q6:松平定知の藤沢周平の朗読はどこで聴けますか?
A6:NHKラジオ深夜便で約9年間にわたり藤沢周平作品の朗読を担当しました。また、小学館から『松平定知朗読集』全5巻が刊行されています。現在の配信・販売状況は各サービスや出版社の案内で確認できます。
Q7:松平定知の代表的な著書は何ですか?
A7:『歴史を「本当に」動かした戦国武将』『幕末維新を「本当に」動かした10人』『心を豊かにする言葉術』『アナウンサーの日本語論』などがあります。
まとめ:松平定知はNHK退職後も言葉と歴史を伝え続ける
松平定知さんは、1969年のNHK入局から2007年の退職まで、ニュースや教養番組、歴史番組などで幅広い実績を残してきました。
特に「その時歴史が動いた」を約9年間担当したことは、アナウンサーとしての代表的な功績です。NHK紅白歌合戦の総合司会や、NHKスペシャル100本以上への出演も、そのキャリアを象徴しています。
2026年現在は、京都芸術大学教授、國學院大學客員教授としての肩書を持ち、朗読、講演、執筆などにも活動の幅を広げています。
NHKを退職した2007年は、松平さんにとって仕事の終わりではなく、長年培ってきた経験を教育や文化活動へとつなげる転換点でした。
テレビで歴史を伝えたアナウンサーから、言葉と文学を次の世代へ伝える教育者へ。
松平定知さんの歩みは、長年の経験を生かして仕事の可能性を広げる、一つの理想的なキャリアの形を示しています。