石田洸介選手は、2026年11月現在、SUBARU陸上競技部に所属する長距離ランナーです。中学時代に1500m・3000mの中学新記録を樹立し、東農大二高では5000mの当時の日本高校記録を更新。東洋大学では出雲駅伝と全日本大学駅伝で区間賞を獲得するなど、学生長距離界を代表する選手として注目されてきました。
一方、大学時代には箱根駅伝での挫折や約4カ月間の競技離脱、故障による苦しい時期も経験しています。2025年4月にSUBARUへ入社した後、2026年2月8日の第54回全日本実業団ハーフマラソン大会では、男子10kmで29分21秒を記録して優勝。さらに2026年度からは副キャプテンに就任しました。華々しい実績だけでは語れない石田選手の経歴と、社会人ランナーとしての現在、今後の可能性を詳しく紹介します。
【2026年最新】石田洸介の現在はSUBARU陸上競技部の副キャプテン
石田洸介選手は、大学卒業後の2025年4月にSUBARU陸上競技部へ加入しました。学生時代に培ったスピードと駅伝経験を武器に、実業団ランナーとして新しい競技人生を歩んでいます。
そして2026年4月、SUBARU陸上競技部の新体制発表で副キャプテンへの就任が公表されました。キャプテンは並木寧音選手、副キャプテンは石田洸介選手です。
2002年生まれ、福岡県出身の長距離ランナー
SUBARU公式プロフィールによると、石田選手の基本情報は次のとおりです。
- 名前:石田洸介(いしだ・こうすけ)
- 生年月日:2002年8月21日
- 出身地:福岡県
- 出身高校:東京農業大学第二高校
- 出身大学:東洋大学
- 所属:SUBARU陸上競技部
- ニックネーム:いしこ
- 趣味:ゴルフ
2026年11月現在は24歳。学生時代からの競技経験を生かし、社会人として競技と仕事の両方に取り組んでいます。SUBARU公式プロフィールでは、群馬総務部内部統制課に所属する社員としても紹介されています。
2026年度から副キャプテンに就任
2026年4月1日付のSUBARU公式発表では、新体制の副キャプテンとして石田選手の名前が掲載されました。
大学時代には、世代トップクラスの実績を持ちながら、故障や競技からの離脱を経験しています。そうした浮き沈みを乗り越えてきた選手が、社会人チームの副キャプテンに選ばれたことは注目すべき変化です。
副キャプテンとしての具体的な担当業務やチーム運営上の分担までは公表されていません。ただし、競技面だけでなく、苦しい時期を経験した選手としての視点をチームに還元することも期待される立場です。
【経歴年表】石田洸介の中学・高校・東洋大学時代の実績
石田選手の経歴を振り返ると、中学・高校時代の圧倒的なスピード、大学1年生での駅伝デビュー、そして大学後半の苦悩と復活という、大きな転換点が見えてきます。
中学時代は「スーパー中学生」と呼ばれた逸材
石田選手が全国的に注目されるようになったのは、福岡県の浅川中学校に在籍していた頃です。
当時、1500mで3分49秒72、3000mで8分17秒84という中学新記録を樹立。中学生離れした走力から「スーパー中学生」と呼ばれ、陸上関係者の注目を集めました。
中学時代から単にスピードがあるだけでなく、レースの序盤から積極的に主導権を握る走りが持ち味でした。この攻めの姿勢は、後の大学駅伝でも石田選手の特徴として表れています。
東農大二高では5000mの当時の日本高校記録を更新
中学卒業後は群馬県の東京農業大学第二高校(東農大二高)へ進学します。
高校時代も成長を続け、2020年には5000mで13分34秒74を記録。当時の日本高校記録を更新し、世代を代表する長距離選手としての評価を確立しました。
この記録は、単なる高校時代の好記録ではありません。中学時代から積み上げてきたスピードを、高校のトップレベルでも発揮できたことを示す実績です。
東洋大学では1年生から駅伝区間賞を獲得
大学進学先に選んだのは、箱根駅伝の伝統校として知られる東洋大学でした。
東洋大学の酒井俊幸監督から「一緒に世界を目指そう」と声をかけられたことも、進学を決めた理由の一つです。
大学1年生だった2021年、石田選手は出雲駅伝5区で区間賞を獲得。続く全日本大学駅伝でも4区で区間賞に輝きました。出雲駅伝では4人抜きの走りを見せ、大学駅伝デビューから強烈な存在感を残しています。
その後は故障や不調に苦しみましたが、大学4年生の2024年には関東インカレ10000mで28分08秒29の自己ベストを記録し、6位入賞。復活を印象づけました。
石田洸介の主な経歴・転換点一覧
| 時期 | 出来事 | 主な記録・実績 |
|---|---|---|
| 2002年8月 | 福岡県で誕生 | 2002年8月21日生まれ |
| 中学時代 | 浅川中学校 | 1500m・3000mで当時の中学新記録 |
| 2020年 | 東農大二高 | 5000m13分34秒74、当時の日本高校記録 |
| 2021年 | 東洋大学1年 | 出雲駅伝5区・全日本大学駅伝4区で区間賞 |
| 2023年1月 | 箱根駅伝デビュー | 2区・区間19位 |
| 2023年5~9月 | 競技から一時離れる | 福岡の実家で約4カ月間過ごす |
| 2024年5月 | 関東インカレ | 10000m28分08秒29、6位入賞 |
| 2025年1月 | 最後の箱根駅伝 | 1区にエントリーするも故障で欠場 |
| 2025年4月 | SUBARU入社 | 実業団ランナーとして新生活を開始 |
| 2026年2月8日 | 全日本実業団ハーフマラソン | 男子10km優勝・29分21秒 |
| 2026年4月 | SUBARU新体制 | 副キャプテンに新任 |
こうして整理すると、石田選手の競技人生は、早熟の天才がそのまま順調に成長したという単純なものではありません。学生時代に一度立ち止まり、再び自分の走りを取り戻した経験が、その後の競技人生を形づくっています。
【箱根駅伝の挫折】石田洸介が競技を離れた理由と復帰までの経緯
石田選手の経歴を語るうえで欠かせないのが、東洋大学時代の挫折です。
中学・高校時代には世代トップを走り、大学1年生から駅伝区間賞を獲得した選手が、なぜ一時的に陸上から離れることになったのでしょうか。
2023年の箱根駅伝2区で味わった挫折
石田選手が初めて箱根駅伝を走ったのは、2023年1月の第99回大会です。
東洋大学から任されたのは、エースが集まる花の2区。大学1年時には箱根駅伝への出走がかなわなかったため、2年生で迎えたこの大会は念願の箱根デビューでした。
しかし、結果は区間19位。期待された走りを発揮できず、本人にとって大きな挫折となりました。
2025年3月に掲載された東洋大学スポーツ新聞編集部の卒業企画や、2025年8月の4years.のインタビューでは、箱根駅伝をきっかけに精神的にも苦しい時期を過ごした経緯が紹介されています。
当時の石田選手は、東洋大学が長年守ってきた箱根駅伝のシード権を自分の走りで危うくしてしまったのではないかと、自分を責めていました。
大学3年生の5月から9月まで競技を離れる
箱根駅伝後も気持ちを立て直せない日々が続き、石田選手は監督や家族と話し合った末、大学3年生の5月から9月まで約4カ月間、陸上部を離れる選択をしました。
福岡の実家に戻り、陸上競技から距離を置く生活を送ります。当時は、このまま競技を辞めることになるのではないかと考えるほど、走ることへの気持ちを失いかけていました。
この時期を振り返るうえで重要なのが、周囲から無理に復帰を迫られなかったことです。
4years.の2025年8月の取材記事によると、母親からは、自分の心の整理がつくまでは決断を急がないようにと助言されたそうです。
また、SUBARUの奥谷亘監督から合宿への誘いが届いた際も、最初から本格的な練習を求められたわけではありませんでした。軽いジョギングだけでもよいという声かけが、石田選手に再び走るきっかけを与えました。
同期の活躍と周囲の支えが復帰の原動力に
石田選手が再び陸上に向き合う大きなきっかけとなったのは、東洋大学の同期たちの活躍でした。
2024年1月の第100回箱根駅伝では、東洋大学が総合4位に入りました。梅崎蓮選手や小林亮太選手ら同期の走りを見て、石田選手は自分もチームの力になりたいという思いを取り戻していきます。
東洋大学スポーツ新聞編集部の記事では、石田選手が同期の走りについて、自分に火をつけてくれた存在だったと振り返っています。
そして大学4年生の2024年5月、関東インカレ10000mで28分08秒29を記録。4年ぶりの自己ベスト更新となり、6位入賞を果たしました。
さらに6月の全日本大学駅伝関東地区選考会では3組トップでフィニッシュ。長い不調を乗り越え、競技者として再び結果を残し始めました。
大学最後の箱根駅伝でも故障に苦しむ
復活を印象づけた石田選手でしたが、大学4年生の最後の箱根駅伝では再び故障に見舞われます。
2025年1月の第101回箱根駅伝では1区にエントリーされていたものの、故障により当日変更で欠場。最後の箱根路を走ることはできませんでした。
その後はチームのサポートに回り、東洋大学は総合9位で20年連続のシード権を確保しています。
大学生活最後の駅伝として石田選手が選んだのは、箱根駅伝から約1カ月後の奥むさし駅伝でした。同期とともに走り、東洋大学での競技生活を締めくくっています。
石田選手の大学時代は、区間賞や自己ベストだけでなく、競技から離れた経験、仲間との関係、最後まで箱根駅伝を目指した姿勢を含めて評価する必要があります。
【2026年2月の復活】全日本実業団ハーフマラソン10kmで29分21秒の優勝
社会人になってからの石田選手にとって、2026年2月8日は大きな節目となりました。
山口県山口市で開催された第54回全日本実業団ハーフマラソン大会の男子10kmに出場し、29分21秒で優勝。SUBARU入社後、初めて出場したレースで結果を残しました。
前半から主導権を握った29分21秒の走り
月刊陸上競技の報道によると、石田選手はスタート直後から積極的にレースを進め、5kmを14分29秒で通過。前半から主導権を握る展開となりました。
後半はペースを落としたものの、そのまま先頭を守ってフィニッシュ。2位のHonda・小袖英人選手が29分54秒だったため、33秒差をつけての優勝です。
SUBARU公式の大会結果でも、石田選手の順位は1位、タイムは29分21秒と記録されています。
本人が語った復帰レースへの思い
この大会で特に注目したいのは、優勝という結果だけではありません。石田選手自身が、今回のレースを復帰戦として位置づけていたことです。
「久しぶりにスタートラインに立てたことや年度内にデビュー戦を迎えることができてよかったです」
SUBARU公式のレース報告に掲載された本人のコメントでは、内容やタイムには課題が残ったとも振り返っています。
つまり、本人にとって29分21秒の優勝は、競技人生の完成を示す記録ではなく、再び本格的に競技へ戻るための第一歩だったのです。
また、来年度は年間を通してパフォーマンスを発揮できる選手を目指したいという意向も示しています。
「全日本実業団ハーフマラソン優勝」の正確な意味
ここで注意したいのが、大会名と出場種目の違いです。
大会名は全日本実業団ハーフマラソン大会ですが、石田選手が優勝したのはハーフマラソンではなく、男子10kmの部です。
ハーフマラソンの部には別の選手が出場しており、石田選手の29分21秒は10kmの記録です。ハーフマラソンを29分21秒で走ったという意味ではありません。
また、SUBARU公式プロフィールに掲載されている10000mの自己ベストは28分08秒29です。今回のロード10kmの29分21秒とは種目・記録の扱いが異なるため、混同しないことが大切です。
【自己ベスト一覧】石田洸介の競技能力と走りの特徴
石田選手の強みは、長距離選手としての持久力に加えて、トラック種目で発揮されるスピードです。
SUBARU公式プロフィールに掲載されている主な自己ベストは以下のとおりです。
- 5000m:13分34秒74(2020年・東海大学長距離競技会)
- 10000m:28分08秒29(2024年・関東インカレ)
- ハーフマラソン:1時間03分09秒(2023年・第26回日本学生ハーフマラソン選手権大会)
自分からレースを動かす積極的なスタイル
SUBARUの新加入選手インタビューでは、石田選手自身が走りの特徴を説明しています。
中学時代から、誰もついてこられないようなペースで最初から最後まで走るスタイルが得意だったそうです。現在も後ろについて走るより、自分から積極的に攻める展開を好むと話しています。
この特徴は2026年2月の10kmでも表れました。スタートから前に出て、単独で逃げ切るレースを展開したことは、本人の持ち味と一致しています。
トラックだけでなくレース戦略の幅も広げる段階
石田選手はSUBARUのインタビューで、トラック種目はスピードを生かしやすい一方、近年はペースの上げ下げにも対応できるようになってきたと語っています。
実業団では、大学時代とは異なる練習環境や選手との交流も経験しています。
SUBARUでは選手自身が練習メニューを考えるスタイルを取り入れており、ほかの選手の練習方法や意図を学びながら、自分のトレーニングに生かしているそうです。
こうした環境は、持ち前のスピードを維持しながら、ロードや駅伝で必要になる駆け引き、ペース変化への対応力を磨くうえでも意味があります。
【副キャプテンとしての展望】石田洸介は今後どこまで成長するのか
2026年の石田選手を評価するうえでは、10km優勝と副キャプテン就任という2つの出来事を切り離さずに見ることが重要です。
競技面では復帰の手応えをつかみ、チーム内では新たな役割を担うことになりました。
SUBARUが掲げる2026年シーズンの目標
SUBARU陸上競技部は、2026年4月7日に今シーズンの展望を公式発表しています。
奥谷亘監督は、トラックとロードの両方で選手が結果を残し、その力を2027年1月1日のニューイヤー駅伝につなげていく方針を説明しました。
石田選手についても、2月のロードレースで10km優勝を果たしたことを取り上げ、久しぶりのレースでも前へ攻める姿勢を評価しています。
監督のコメントでは、ここからどこまで状態を上げていくかに期待が寄せられていました。
副キャプテンとして期待されること
石田選手は、大学時代にチームの期待を背負い、結果が出ない苦しさや競技から離れる経験をしました。その後、仲間や指導者の支えを受けて競技に戻り、自己ベストを更新しています。
こうした経験は、チームを支える立場になった際にも生きる可能性があります。
特に、若手選手が故障や不調に直面したとき、結果だけでなく競技を続けることの難しさを理解している選手の存在は、チームにとって一つの強みになります。
ただし、副キャプテンとして具体的にどのような役割を担当するかは、今後の公式発表やチーム活動を通して見えてくる部分です。
2026年秋にもSUBARUの活動に参加
2026年10月20日付のSUBARU公式告知では、10月25日に開催された上州太田スバルマラソンの2kmの部に、石田選手がゲストランナーとして参加する予定であることが紹介されました。
これは競技会の記録ではなく、地域イベントでの活動です。競技成績と地域活動を区別する必要はありますが、SUBARUの選手としてチームや地元とのつながりを持つ姿も確認できます。
今後注目したい3つのポイント
1つ目は、年間を通じて安定してレースに出場できるかです。
2026年2月の大会は本人が復帰レースと位置づけていました。今後は単発の優勝だけでなく、継続的に練習を積み、複数の大会で力を発揮できるかが重要になります。
2つ目は、トラック種目で自己ベストを更新できるかです。
5000m13分34秒74、10000m28分08秒29という記録は、石田選手のスピードを示す重要な指標です。復帰後にどこまで記録を伸ばせるかは、今後の大きな見どころです。
3つ目は、実業団駅伝で存在感を示せるかです。
出雲駅伝と全日本大学駅伝で区間賞を獲得した石田選手にとって、駅伝は実績のある舞台です。社会人としてニューイヤー駅伝などの大舞台でチームに貢献できれば、競技者としての評価もさらに高まるでしょう。
また、2025年8月の4years.の取材では、将来的なマラソン挑戦にも意欲を示していました。トラックや駅伝での復調を土台に、ロードの長い距離へ挑戦する可能性もあります。
石田洸介に関するよくある質問(FAQ)
Q1:石田洸介は現在どこのチームに所属していますか?
A1:2026年11月現在、SUBARU陸上競技部に所属しています。2025年4月に東洋大学から加入し、2026年度からは同部の副キャプテンを務めています。
Q2:石田洸介は箱根駅伝で区間賞を獲得しましたか?
A2:箱根駅伝での区間賞獲得は確認されていません。2023年の第99回大会で2区を走り、区間19位でした。一方、2021年の出雲駅伝5区と全日本大学駅伝4区では区間賞を獲得しています。
Q3:石田洸介が陸上競技を辞めていた時期はいつですか?
A3:東洋大学3年生だった2023年5月から9月までの約4カ月間です。2023年の箱根駅伝で思うような結果を残せず、福岡の実家に戻って競技から距離を置きました。その後、周囲の支えや同期の活躍をきっかけに復帰しました。
Q4:2026年の全日本実業団ハーフマラソンで何位でしたか?
A4:2026年2月8日の大会で、男子10kmの部に出場して1位になりました。記録は29分21秒です。ハーフマラソンの部ではなく、10kmの部での優勝です。
Q5:石田洸介の自己ベストは何分ですか?
A5:SUBARU公式プロフィールに掲載されている記録は、5000mが13分34秒74、10000mが28分08秒29、ハーフマラソンが1時間03分09秒です。
Q6:石田洸介は今後マラソンに挑戦しますか?
A6:2025年8月の取材では、将来的なマラソン挑戦への意欲を示していました。ただし、具体的な出場大会や挑戦時期については、確定した発表はありません。
まとめ:石田洸介の次の目標は継続的な復活と実業団での飛躍
石田洸介選手は、中学時代の新記録、高校時代の日本高校記録、東洋大学での駅伝区間賞と、早くから輝かしい実績を残してきた長距離ランナーです。
しかし、その競技人生は順風満帆ではありませんでした。箱根駅伝2区での挫折、約4カ月間の競技離脱、大学最後の箱根駅伝での故障など、何度も壁に直面しています。
それでも2024年の関東インカレで自己ベストを更新し、2025年にはSUBARUへ加入。2026年2月には全日本実業団ハーフマラソンの男子10kmで29分21秒の優勝を果たしました。
さらに2026年度からは副キャプテンに就任。競技者としての復活だけでなく、チームを支える立場としても新たな段階に進んでいます。
今後の最大の注目点は、復帰後の好結果を一度きりで終わらせず、年間を通じた安定した競技力につなげられるかどうかです。
「やっぱり石田は強かった」と言われる走りを目指す本人の言葉どおり、かつてのスーパー中学生が実業団の舞台でどこまで成長するのか。トラック、ロード、駅伝、そして将来的なマラソン挑戦まで、石田洸介選手のこれからに注目が集まります。
主な参照資料: SUBARU公式選手プロフィール・大会結果・2026年度新体制発表、東洋大学スポーツ新聞編集部、4years.、月刊陸上競技の公開記事を参照しています。