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譲位とは何か?退位との違い、歴代天皇の事例と令和への皇位継承を徹底解説

水無月 慧 水無月 慧 • 更新: • 公開: • 読了約 22 分
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譲位とは、天皇が存命中に皇位を次の天皇へ譲ることです。天皇が亡くなった後に皇位が継承される場合とは異なり、本人が生きている間に皇位の継承が行われる点に特徴があります。日本の歴史では、平安時代以前から譲位が行われ、退位した天皇が上皇として政治や皇室に関わる時代もありました。

平成から令和への皇位継承も、現代における譲位の代表的な事例です。2019年4月30日に明仁天皇(現在の上皇)が退位し、翌5月1日に徳仁天皇が即位しました。この継承を実現するため、2017年には「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」が制定されています。2026年現在の制度を理解するには、歴史的な譲位と、現行法に基づく退位の仕組みを区別することが欠かせません。

【まず確認】譲位とは何か?退位・生前退位との意味の違い

譲位とは

譲位とは、天皇が自らの意思や当時の政治的・社会的事情などを背景として、皇位を後継者に譲ることです。「譲る」という文字が示すように、皇位を次の天皇へ引き継ぐ行為に重点があります。

一方、「退位」は天皇がその地位を離れることを表す言葉です。皇位を譲る側の立場に注目した表現が譲位であり、天皇という地位を離れることに注目した表現が退位と整理できます。

譲位・退位・生前退位の比較

3つの言葉は、次のように使い分けられます。

  • 譲位:天皇が生きている間に、皇位を後継者へ譲ること。
  • 退位:天皇が皇位を離れること。2019年の法制度上の正式な表現。
  • 生前退位:天皇が崩御する前に退位することを説明するため、報道などで広く使われた表現。

特に注意したいのは、「譲位」と「退位」が法律上、まったく別個の制度を意味するわけではない点です。歴史や皇室制度を説明するときには譲位という表現が使われますが、2017年に制定された法律の名称は「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」です。

つまり、2019年の明仁天皇のケースは、歴史的な意味では譲位、法律上の手続きでは退位と表現するのが適切です。

なぜ生前退位という言葉が使われたのか

従来の皇位継承は、天皇が崩御した際に皇嗣が即位することを基本としていました。そのため、2016年に明仁天皇が高齢化に伴う象徴としての務めについておことばを発表した際、生きている間に皇位を引き継ぐ可能性が大きな社会的関心を集めました。

そこで、従来の崩御による継承と区別するため、「生前退位」という言葉が報道で広く使われるようになったのです。なお、これは一般的な説明表現であり、法律上の正式な制度名称ではありません。

【日本史を振り返る】天皇の譲位の歴史と行われた理由

天皇の譲位は、平成から令和への代替わりで初めて行われたものではありません。むしろ、日本の古代から近世にかけては、生前に皇位を譲ることが繰り返されてきました。

歴史研究者の李卓氏による研究論文「天皇退位的历史与现实」(『日本学刊』2019年第2期)は、日本の古代から近世にかけての譲位の歴史を分析しています。同論文によれば、645年の皇極天皇の譲位が初期の代表的な事例であり、1817年の光格天皇まで、さまざまな事情による譲位が行われました。

最初の譲位と女性天皇の役割

日本史上、最初の譲位の事例として知られるのが、645年の皇極天皇です。

皇極天皇は、乙巳の変によって蘇我氏の勢力が排除された政治的転換期に、皇位を弟の軽皇子へ譲りました。軽皇子は孝徳天皇として即位します。

その後も持統天皇や元明天皇など、女性天皇による譲位が続きました。当時の皇位継承では、次の皇位継承者が即位するまでの間、女性天皇が中継ぎとして即位するケースもありました。

例えば、持統天皇は孫の軽皇子が成長した後、697年に皇位を譲っています。この軽皇子が文武天皇です。

こうした事例から分かるのは、古代の譲位が単純な高齢による引退ではなく、皇位継承を円滑に進めるための政治的な仕組みとしても機能していたことです。

譲位が行われた主な理由

歴史上の天皇が譲位した理由は、一つではありません。主に次のような事情がありました。

1.後継者への皇位継承

後継者が成長したことや、皇位を継承する準備が整ったことを理由に譲位するケースです。女性天皇が皇位を次の世代へ引き継ぐ事例も、この背景と関係しています。

2.高齢や健康上の問題

長期間の在位によって高齢となった天皇や、病気によって政務を続けることが難しくなった天皇が譲位した例もあります。元明天皇や光仁天皇などが代表的な事例です。

3.政治的な権力関係

譲位後も上皇として皇室や政治に影響を与えることがありました。天皇の地位を後継者に譲りながら、実際の政治的影響力を保持する仕組みが生まれたのです。

4.宗教的な信仰や価値観

仏教への帰依を理由に譲位し、出家する天皇もいました。宇多天皇は897年に譲位した後、出家して法皇となった代表例です。

5.災害や社会不安への対応

古代には、自然災害や異変を政治的・宗教的な意味で捉え、祈願や改元とともに譲位が行われることもありました。

このように、譲位は天皇個人の事情だけでなく、皇位継承、政治、宗教、社会情勢が複雑に関係する歴史的な制度でした。

【歴代天皇の譲位一覧】代表的な事例と後継者の関係

歴代天皇の譲位は数多く存在します。共同通信社の用語解説などでは、日本の歴史における生前退位は58例と紹介されており、最後の近世の事例は1817年の光格天皇です。

ここでは、皇位継承の歴史を理解するうえで重要な天皇を時代順に整理します。全事例を網羅した一覧ではなく、代表的な譲位とその後継者の関係を示したものです。

主な譲位の歴史年表

年代 譲位した天皇 皇位を継いだ天皇 歴史的な背景・特徴
645年 皇極天皇 孝徳天皇 日本史上初期の譲位の代表例
697年 持統天皇 文武天皇 孫への皇位継承
715年 元明天皇 元正天皇 次世代への皇位継承
749年 聖武天皇 孝謙天皇 男性天皇による譲位の代表例
758年 孝謙天皇 淳仁天皇 奈良時代の皇位継承
809年 平城天皇 嵯峨天皇 健康上の事情を背景とした譲位
876年 清和天皇 陽成天皇 高齢・健康上の事情や災異への懸念
897年 宇多天皇 醍醐天皇 譲位後に出家し、法皇となる
1086年 白河天皇 堀河天皇 院政の始まりを象徴する事例
1817年 光格天皇 仁孝天皇 明治以降の制度が成立する前、最後の近世の譲位

この年表から読み取れるのは、譲位が特定の時代や特定の理由だけで行われていたわけではないということです。皇位継承の調整から健康上の事情、政治的な判断、宗教的な理由まで、その背景は多岐にわたります。歴史的な事例については、李卓氏の研究論文や共同通信社の用語解説が参考になります。

上皇と院政の関係

譲位した天皇は、歴史上「太上天皇」と呼ばれ、略して「上皇」と称されました。701年に完成した大宝律令の制度では、退位した天皇に対する太上天皇という称号が位置づけられています。

上皇となった後も、政治的な影響力を維持する天皇がいました。その代表例が白河上皇です。

白河天皇は1086年に堀河天皇へ譲位した後、上皇として政治を主導しました。このように、天皇が譲位した後に上皇として政治を行う仕組みは「院政」と呼ばれます。

ただし、すべての上皇が院政を行ったわけではありません。上皇という身位と、政治を主導する院政という仕組みは区別する必要があります。

また、上皇が仏門に入って出家した場合には「法皇」と呼ばれることがあります。上皇と法皇は同じ意味ではなく、法皇は出家した上皇を指す呼称です。

【平成から令和へ】明仁天皇の退位の理由と2019年の経緯

現代日本で譲位が実現した最大の転換点は、明仁天皇の退位です。明治時代以降、天皇は終身在位を原則とする制度の下に置かれており、戦後の皇室典範でも天皇の崩御による皇位継承が基本となっていました。

そのため、明仁天皇の退位は、単なる皇位継承ではなく、当時の法律を特別に整備する必要がある歴史的な出来事でした。

2016年8月8日のおことばが転機に

2016年8月8日、明仁天皇は「象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば」を公表しました。

このおことばでは、自身が80歳を超え、体力面でさまざまな制約を感じていることや、今後も象徴としての務めを十分に果たせるのかという懸念を示されました。

「全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが、難しくなるのではないかと案じています。」

宮内庁が公表した2016年8月8日のおことばによると、明仁天皇は過去に2度の外科手術を受け、高齢による体力の低下も感じていました。また、天皇の務めを十分に果たせなくなった場合のあり方や、皇室に残される家族への負担についても考えを示しています。

重要なのは、この発表が単に高齢だから引退したいという趣旨ではなかったことです。国民の傍らに立ち、その声に耳を傾け、象徴としての務めを続けてきた天皇が、その役割を将来にわたって維持するにはどうすればよいかという問題提起でした。

また、天皇は憲法上、国政に関する権能を有しません。そのため、おことばでは制度の具体的な変更を政治的に要求するのではなく、個人として考えてきたことを伝えるという形が取られました。

2017年の特例法制定から2019年の退位まで

明仁天皇のおことばを受け、国会では退位を可能にする法制度について議論が進められました。

その結果、2017年6月16日に「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」が公布されました。この法律は、皇室典範第4条の特例として、明仁天皇の退位と皇嗣の即位を実現することを目的としています。

同法第1条では、次の3つの事情が退位を実現する背景として示されています。

  • 明仁天皇が即位以来28年以上にわたって象徴としての公的活動に取り組み、83歳という高齢になられていたこと。
  • 国民が天皇の活動を深く敬愛し、そのお気持ちに理解と共感を示していたこと。
  • 皇嗣である皇太子徳仁親王が57歳となり、国事行為の臨時代行などの公務を長期間務めていたこと。

宮内庁の特例法解説でも、この3点が法律制定の背景として説明されています。

平成から令和への皇位継承年表

  • 2016年8月8日:明仁天皇が象徴としてのお務めについてのおことばを公表。
  • 2017年6月16日:天皇の退位等に関する皇室典範特例法が公布。
  • 2019年4月30日:退位礼正殿の儀が行われ、明仁天皇が退位。上皇となられる。
  • 2019年5月1日:皇太子徳仁親王が即位し、令和が始まる。
  • 2019年10月22日:即位礼正殿の儀が行われ、即位を国内外に公に宣明。

宮内庁の公式年表によると、2019年4月30日の退位と5月1日の即位は連続して実施されました。明仁天皇の退位によって平成が終わり、徳仁天皇の即位によって令和が始まったのです。

この代替わりは、光格天皇が1817年に譲位して以来、約202年ぶりの生前退位に当たりました。

【法律を詳しく解説】皇室典範特例法と上皇・上皇后の仕組み

明仁天皇の退位を理解するうえで欠かせないのが、皇室典範と2017年の特例法の関係です。

皇室典範第4条は何を定めているのか

皇室典範は、皇位継承の資格や順序、皇族の身分、皇室会議などについて定めた法律です。

従来の皇室典範第4条は、次の内容を定めています。

天皇が崩じたときは、皇嗣が、直ちに即位する。

この規定は、天皇が崩御した場合に皇嗣が即位するという仕組みを定めたものです。一般的な生前退位の手続きについては、規定されていません。

皇室典範第1条・第2条では皇位継承の資格と順序が定められており、2026年11月現在も皇位継承資格は皇統に属する男系の男子たる皇族を基本としています。

2017年の特例法は何を定めたのか

2017年に公布された特例法は、皇室典範第4条の例外として、明仁天皇の退位と皇嗣の即位を実現するための法律です。

特例法の主な内容は次のとおりです。

  • 第1条:退位を実現するための趣旨と背景を規定。
  • 第2条:法律の施行日に天皇が退位し、皇嗣が直ちに即位することを規定。
  • 第3条:退位した天皇を上皇とし、その敬称などを規定。
  • 第4条:上皇の后を上皇后とすることを規定。
  • 第5条:皇位継承に伴って皇嗣となった皇族の取り扱いを規定。

この法律の重要な点は、天皇が自由に退位できる一般制度を新設したわけではないことです。明仁天皇という特定の天皇について、退位する日と皇位継承の手続きを具体的に定めた特例法でした。

また、特例法による皇室典範の改正では、同法が皇室典範と一体を成すものであることも明記されています。したがって、特例法は皇室典範と切り離された単なる行政上の措置ではありません。

上皇と上皇后の意味

明仁天皇は2019年4月30日の退位後、上皇となられました。

上皇とは、天皇の位を退いた太上天皇の略称です。現在の天皇とは異なる身位であり、退位した人物が再び天皇として即位したことを意味するものではありません。

一方、上皇后は、上皇の后に対する称号です。2017年の特例法第4条によって、明仁上皇の后である美智子さまは上皇后となられました。

両者の違いを整理すると、次のようになります。

  • 天皇:現在、皇位にある人物。
  • 上皇:生前に退位した元天皇。
  • 皇后:天皇の后。
  • 上皇后:上皇の后。

上皇が存在していても、天皇の地位が二つになるわけではありません。2019年以降、皇位を継承しているのは徳仁天皇です。

徳仁天皇の即位と皇位継承

2019年5月1日、皇太子徳仁親王が第126代天皇として即位されました。

即位当日には、皇位継承の証である剣璽などを引き継ぐ「剣璽等承継の儀」と、即位後初めて国民の代表に会われる「即位後朝見の儀」が行われました。

その後、同年10月22日に即位礼正殿の儀が実施され、徳仁天皇の即位が国内外に正式に宣明されました。

このように、退位、即位、即位を公に示す儀式は、それぞれ法的・儀礼的な役割が異なっています。退位によって旧天皇の身位が上皇となり、皇嗣が新天皇として皇位を継承するという流れが、2019年の代替わりで実現しました。

【2026年最新】譲位制度の現在と皇室典範の改正動向

2026年11月現在、譲位をめぐる制度を理解するうえでは、2017年の特例法だけでなく、2026年に成立した皇室典範等の改正も押さえておく必要があります。

2026年の皇室典範改正で何が変わったのか

2026年7月24日、「皇室典範等の一部を改正する法律」が公布され、同年10月24日に施行されました。

内閣官房と宮内庁の公表資料によると、この改正の主な目的は、皇族数の減少に対応するための措置を講じることです。

主な変更点は次の2つです。

1.女性皇族が婚姻後も皇族の身分を保持する仕組み

改正後は、内親王や女王が天皇・皇族以外の男性と結婚しても、原則として皇族の身分を離れないことになりました。ただし、改正法の施行時点で皇族である内親王や女王については、本人の意思によって婚姻と同時に皇族の身分を離れることも認められています。

2.皇族による一定の男子の養子縁組

皇室典範第38条の改正により、一定の条件を満たす旧皇族の男系男子の子孫を養子として皇族に迎える仕組みが設けられました。

対象は、原則として15歳以上で配偶者や子がいない男子です。養子縁組には皇室会議の議を経る必要があります。

ただし、養子となって皇族になった男子には、皇位継承資格が認められていません。この点は、皇族数を確保するための制度と皇位継承資格の制度が別であることを示しています。

2026年改正で天皇の退位制度も変わったのか

ここは特に誤解されやすい部分です。

2026年の皇室典範改正は、皇族数の確保を目的とするものであり、天皇が生前に退位できる一般制度を新設したものではありません。

皇室典範第4条の基本的な規定は、引き続き天皇が崩御したときに皇嗣が直ちに即位するという内容です。また、皇位継承資格についても、男系男子を基本とする規定が維持されています。

したがって、2026年11月現在も、2019年の明仁天皇のような退位を将来の天皇が自動的に選択できる制度は設けられていません。

将来、同様の退位を実現する場合には、その時点の法律や皇室制度を踏まえた新たな法的対応が必要になると考えられます。

現在の譲位制度を理解するための3つの判断基準

  • 歴史と法律を分ける:古代・中世の譲位が存在したからといって、現代の天皇に同じ退位制度が自動的に認められているわけではありません。
  • 特例法と一般制度を分ける:2017年の特例法は明仁天皇の退位を実現した法律であり、将来の退位を包括的に認める一般規定ではありません。
  • 皇族数の確保と皇位継承資格を分ける:2026年の改正で養子による皇族の身分取得が可能になりましたが、養子となった男子には皇位継承資格がありません。

この3点を押さえておけば、皇室制度に関するニュースで「譲位」「退位」「皇位継承」「皇族数の確保」という言葉が使われた際にも、それぞれの意味を混同せずに理解できます。

【譲位とは】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:譲位と退位は同じ意味ですか?
A1:厳密にはニュアンスが異なります。譲位は天皇が生前に皇位を後継者へ譲ることを強調する表現で、退位は天皇の地位を離れることを表します。2019年の明仁天皇のケースは、歴史的には譲位、法律上は退位と表現されます。

Q2:日本で最後に譲位した天皇は誰ですか?
A2:近世では1817年に譲位した光格天皇です。その後、2019年4月30日に明仁天皇が退位するまで約202年間、生前退位は行われませんでした。

Q3:現在の天皇も譲位できますか?
A3:2026年11月現在、一般的な生前退位の制度は設けられていません。2019年の退位は、明仁天皇を対象とした2017年の特例法によって実現したものです。将来の退位には、改めて法的な対応が必要になります。

Q4:上皇と天皇は何が違うのですか?
A4:天皇は現在、皇位にある人物を指します。上皇は生前に退位した元天皇の称号です。2019年に退位された明仁天皇は上皇となられ、皇位は徳仁天皇に継承されました。

Q5:2026年の皇室典範改正で譲位が自由になったのですか?
A5:いいえ。2026年の改正は、女性皇族の婚姻後の身分や、一定の男子を養子として皇族に迎える仕組みなど、皇族数の確保を目的とするものです。天皇の一般的な退位制度を新設した改正ではありません。

まとめ:譲位の歴史と2026年の制度を正しく理解するために

譲位とは、天皇が生きている間に皇位を後継者へ引き継ぐことです。日本の歴史では645年の皇極天皇をはじめ、多くの天皇が譲位しており、上皇や院政という独自の皇室・政治制度も発展してきました。

近代以降は天皇の終身在位を基本とする制度が採用され、戦後の皇室典範第4条も崩御による皇位継承を定めています。しかし、明仁天皇が2016年に示された高齢化と象徴としての務めに関するお考えを受け、2017年に特例法が制定され、2019年に約202年ぶりの生前退位が実現しました。

さらに2026年には、皇族数の確保を目的とした皇室典範等の改正が施行されています。ただし、この改正は譲位を一般制度として認めるものではありません。

【プロの結論】

譲位を理解するうえで最も大切なのは、歴史上の慣習、皇室の身位、現代の法律を混同しないことです。歴史的には譲位が繰り返されてきましたが、現在の日本では皇位継承の安定性と象徴天皇制の継続を踏まえた法制度が必要です。

平成から令和への代替わりは、長い皇室の歴史と現代の法制度が交差した重要な出来事でした。2026年以降の皇室制度を考える際にも、2017年の特例法が果たした役割と、2026年の皇室典範改正が対象とする問題の違いを理解することが、正確なニュース理解につながります。

主要な公的・歴史資料

- 宮内庁「天皇の退位等に関する皇室典範特例法について」
- 宮内庁「象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば」(2016年8月8日)
- 宮内庁「皇位継承」「宮内庁関係年表」
- e-Gov法令検索「皇室典範」「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」
- 内閣官房「皇室典範等の改正」(2026年)
- 李卓「天皇退位的历史与现实」『日本学刊』2019年第2期

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水無月 慧

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