2026年11月4日時点で、小林珠維選手は韓国の蔚山ホエールズに所属しています。2026年シーズンはすでに終了しており、本人も10月15日に公開したnoteの記事で、韓国での1年間を振り返っています。
注目したいのは、韓国での1年目にチーム最多となる9勝を挙げたことです。韓国メディア「スターニュース」が2026年11月1日に掲載した記事によると、シーズン成績は23試合登板、9勝5敗、防御率2.94。先発投手としてチームの投手陣を支える存在になりました。
2025年のオイシックス新潟時代と比べると、成績面でも大きな前進が見られます。投手として再出発した日本での経験を、韓国で結果につなげたシーズンだったといえます。
2026年シーズンの主な実績
| 項目 | 2026年の状況 |
|---|---|
| 所属球団 | 蔚山ホエールズ |
| リーグ | KBOフューチャースリーグ |
| 登板数 | 23試合 |
| 勝敗 | 9勝5敗 |
| 防御率 | 2.94 |
| チーム内の勝利数 | 9勝で最多 |
| チームの成績 | 南部リーグ1位 |
特に評価したいのは、単に勝ち星を重ねただけではない点です。7月7日公開のスポーツメディア「THE ANSWER」の取材記事では、シーズン途中の16試合で5勝5敗、防御率3.46、69奪三振を記録していました。
その後、シーズン終了までにさらに成績を伸ばし、最終的には9勝5敗、防御率2.94に到達しています。シーズン途中から終盤にかけて、安定感を高めていったことが数字から読み取れます。
また、蔚山ホエールズは創設初年度にKBOフューチャースリーグ南部リーグのレギュラーシーズン1位を獲得しました。ただし、リーグ全体の優勝決定戦と秋季リーグでは準優勝となっています。南部リーグ制覇とリーグ全体の優勝は区別して理解する必要があります。
【プロフィール】小林珠維の身長・体重・投打・出身高校を整理
小林珠維選手は、北海道出身の右投右打の投手です。恵まれた体格に加え、高校時代には投手と野手の両方で高い能力を示していました。
オイシックス新潟が2026年2月3日に公表した退団時のプロフィールでは、身長184cm、体重90kg。現在のポジションは投手です。
基本プロフィール
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 名前 | 小林珠維 |
| 読み方 | こばやし・じゅい |
| 生年月日 | 2001年5月7日 |
| 年齢 | 25歳(2026年11月現在) |
| 出身地 | 北海道 |
| 身長 | 184cm |
| 体重 | 90kg |
| 投打 | 右投右打 |
| ポジション | 投手 |
| 出身高校 | 東海大札幌高校 |
| ドラフト | 2019年ソフトバンク4位 |
| 2025年所属 | オイシックス新潟 |
| 2026年所属 | 蔚山ホエールズ |
東海大札幌高校時代から注目された身体能力
小林選手が高校時代に注目された理由は、投手としての球速と野手としての長打力を兼ね備えていたことです。
2019年のドラフト前の報道によると、東海大札幌高校では最速150キロの直球を投げ、高校通算30本塁打を記録。50メートル走5秒9という俊足も評価されていました。
2019年10月17日のドラフト会議では、福岡ソフトバンクホークスから4位指名を受けます。投手としても評価されていたものの、球団が選んだ入団時の登録ポジションは内野手でした。
つまり、小林選手の野球人生は、最初から投手一本で進んだわけではありません。高校時代に培った投打の能力を生かし、プロでは野手として成長する道を選んだことが、その後の異色のキャリアにつながっています。
【経歴・年表】ソフトバンクからオイシックス、そして韓国移籍まで
小林珠維選手の経歴を理解するうえで重要なのは、プロ入り後の5年間に複数のポジションと役割を経験していることです。
2019年のドラフト指名から2026年の韓国移籍までを時系列で整理すると、野手としての挑戦、投手復帰、二刀流、そして海外挑戦という流れが見えてきます。
小林珠維のキャリア年表
福岡ソフトバンクホークス時代は野手としてスタート
2019年のドラフト4位指名を受け、2020年にソフトバンクへ入団した小林選手。高校時代には投手としても実績がありましたが、プロでは内野手としての育成が始まりました。
しかし、プロの野手として結果を残すことは簡単ではありませんでした。2022年オフには育成契約となり、翌2023年から投手としてもプレーする二刀流に挑戦します。
その後、2024年には投手一本で勝負する方向に転換。ところが同年オフに戦力外通告を受け、ソフトバンクを離れることになりました。
オイシックス新潟で投手として再出発
2024年12月10日、オイシックス新潟アルビレックスBCが小林選手の獲得を発表しました。
当時の小林選手は、NPBへの復帰を目標に掲げていました。オイシックスは2024年からイースタン・リーグに参加していた球団であり、プロ経験のある選手が実戦を通して再び評価を得るための環境でもありました。
スポニチの2024年12月30日の報道でも、本人が投手一本で再びNPBを目指す意向を示していたことが紹介されています。
2025年は26試合に登板し、82回2/3を投げて1勝9敗、防御率4.35、58奪三振という成績でした。勝敗だけを見ると厳しい数字ですが、年間を通して82回以上を投げたことは、投手として実戦経験を積み直す過程としても注目できます。
【投手復帰の理由】二刀流を経験して気づいた野手としての壁
小林珠維選手の経歴で、特に興味深いのが投手復帰の理由です。
高校時代には投手として最速150キロを記録していた小林選手ですが、ソフトバンク入団後は野手として3年間を過ごしました。その後、自ら球団に投手転向を申し出ています。
この決断について、本人は2025年11月3日に公開したnoteの記事「今だから言える、なぜプロ3年で投手復帰を決断したのか。」で詳しく説明しています。
野手として感じたプロの壁
本人の説明によると、プロ入りするまで野手としての経験がほとんどなかったため、打撃、走塁、守備のすべてでプロのスピードに対応することが難しかったといいます。
特に守備については、後から入団してきた後輩選手にも及ばないと感じる場面があり、プロの野手として試合に出続ける難しさを実感していました。
本人が強く意識したのは、野手として試合に出るためには、まず守備で信頼を得る必要があるという点でした。努力を続けても思うような結果が出ず、2軍でも出場機会を確保することが難しい状況だったと振り返っています。
投手に戻る決断は逃げではなく、再挑戦だった
野手として苦しい時間を過ごすなかで、本人の中に芽生えたのが「投手だったら自分はどうなんだろう」という思いでした。
そして、投手として挑戦して結果が出なかったとしても悔いはないと考え、プロ3年目のシーズン終了後に球団へ投手転向を申し出たのです。
「投手として挑戦して結果がでなかったとしても、悔いはない」
この発言から読み取れるのは、野手としての経験を否定して投手に戻ったわけではないということです。プロの野手として必要な技術や適性を理解したうえで、自分がもう一度勝負できる場所を選び直したのでしょう。
また、本人は3年間ずっと投手への未練を抱えていたわけではないとも説明しています。この点は重要です。最初から野手転向を後悔していたという単純な話ではなく、実際にプロの野手として挑戦した経験が、後の判断につながったということです。
二刀流から投手一本になるまで
小林選手は投手転向を申し出た後、すぐに投手一本になったわけではありません。
本人の振り返りによると、プロ4年目は打者と投手の二刀流としてプレーし、5年目に本格的な投手専任へ移行しました。
ここで注意したいのは、二刀流という言葉の意味です。大谷翔平選手のようにNPBやMLBの一軍で投打両方の主力として活躍したという意味ではありません。小林選手の場合は、ソフトバンクのファームで投打の両方に取り組んだ経験を指しています。
二刀流を経験したことで、自分がどちらの役割で勝負するのかを明確にできたことは、その後のオイシックス入団や韓国移籍にもつながる転機でした。
【韓国移籍の理由】なぜNPB復帰ではなく蔚山ホエールズを選んだのか
小林珠維選手の韓国移籍は、2026年2月2日に本人がnoteで報告し、翌3日にオイシックス新潟が正式発表しました。
移籍先は、韓国の新球団蔚山ホエールズ(Ulsan Whales)です。小林選手は韓国球団の入団テストに合格し、条件提示を受けたうえで移籍を決断しました。
決め手は韓国球団からの評価
本人が2026年2月2日に公開した「ご報告です」という記事には、移籍を決断した理由が具体的に書かれています。
小林選手は、移籍先を選ぶ際に「どこでやるか」よりも「どうなりたいのか」を判断基準にしたと説明しています。
特に心を動かされたのは、韓国球団から伝えられた期待でした。
「NPBでの経験や、日本のレベルの高い野球を韓国野球と共有しながら、先発投手としてチームを引っ張っていってほしい」
この言葉が最終的な決め手になったと本人は明かしています。
単に外国人選手として獲得されたのではなく、ソフトバンクやオイシックスで積み重ねた経験を生かし、先発投手としてチームの中心を担うことを期待された点が大きかったのでしょう。
加えて、韓国のメディアが球団や選手に関心を寄せていたことも魅力だったと説明しています。選手として結果を出し、注目を集めることへの意欲も、海外挑戦の後押しになったようです。
蔚山ホエールズはどのような球団なのか
蔚山ホエールズは、2026年シーズンからKBOフューチャースリーグに参加した新設球団です。
KBOフューチャースリーグは韓国プロ野球の二軍リーグに相当します。日本でいえば、NPBのファーム・リーグに近い位置づけです。
蔚山ホエールズの特徴は、一軍チームを持たない二軍専門の球団であること。ドラフト指名を受けなかった選手や、既存球団から戦力外となった選手、外国人選手などが所属し、競争を通じて次のステージを目指します。
KBOは2025年12月10日、蔚山の新球団について2026年からのフューチャースリーグ参加を正式承認しました。自治体が主体となって創設した初のKBOリーグ参加球団という点でも特徴があります。
この球団の存在は、小林選手のように日本でプロ経験を積みながら新しい環境を探す選手にとって、海外で実戦機会を得る選択肢になっています。
韓国移籍はNPBを完全に諦めたという意味ではない
小林選手の移籍を理解するうえで、韓国球団への所属とNPBへの復帰可能性を混同しないことも大切です。
蔚山ホエールズはKBOの一軍球団ではなく、フューチャースリーグに所属する球団です。そのため、今回の移籍は韓国一軍のKBOリーグでプレーする契約とは異なります。
一方、本人は韓国での挑戦を通じて、先発投手として結果を残すことを目指していました。2026年シーズンには9勝を挙げ、韓国の舞台で実績を作っています。
日本で培った経験を海外で生かし、海外での実績をさらに次のキャリアにつなげる。今回の移籍は、そのような可能性を持った挑戦として見ることができます。
【本人の発信】J.noteから分かる韓国での生活と野球への向き合い方
小林珠維選手の現在を知るうえで、本人のnote「J.note」は貴重な情報源です。
2025年9月15日に開始したこの発信では、ソフトバンク時代の経験、野手として感じたこと、二刀流への挑戦、投手復帰、プロ野球選手の日常などを自分の言葉で紹介しています。
移籍発表後も、韓国での生活や試合について継続的に発信してきました。
韓国での初勝利と新しい応援文化
2026年3月31日の投稿「初勝利と韓国生活1ヶ月の今」では、韓国での生活を本格的に始めて約1か月が経過したこと、開幕後2登板を終えて初勝利を挙げたことを報告しています。
特に印象的なのは、韓国の野球場の応援文化についての記述です。
小林選手は、ベンチの近くで鳴り響く音楽やチアリーダー、タオルを回して盛り上がるファンの姿を紹介し、日本とは異なる雰囲気の中で投げることが自身を奮い立たせると説明していました。
また、韓国の打者に関するデータが十分にない状態で対戦することについても触れています。相手の特徴や狙い球を試合中に観察し、次の打席や次の試合に生かす姿勢を大切にしていました。
ABSへの対応と韓国野球から学んだこと
韓国野球で小林選手が直面した大きな違いの一つが、ABSと呼ばれる自動投球判定システムです。
韓国ではロボット審判によるストライク・ボール判定が導入されており、従来の人間の審判による判定とはストライクゾーンの感覚が異なる場合があります。
2026年7月7日のTHE ANSWERの取材で、小林選手は韓国の野球について「大胆」という表現を使い、ストライクゾーンの特徴に合わせてカーブやカットボールの軌道を調整していることを説明しました。
高めの球を積極的に使うことや、低めを狙う際の考え方など、判定システムに合わせた投球の工夫も必要になります。
こうした環境の違いは、海外挑戦の難しさであると同時に、投手として新しい技術や考え方を身につける機会にもなっています。
2026年10月の投稿で明かしたシーズンの転機
2026年10月15日のnoteでは、韓国での1年間を振り返っています。
本人が特に大きな転機として挙げたのは、NCダイノスとの試合でした。この登板では5イニングを投げ、8安打、2四球、6失点(自責点4)という厳しい内容になりました。
しかし、試合後にチームメイトへ謝罪と感謝のメッセージを送ったところ、仲間からは「あなたはチームのエースなんだ、謝るな」といった励ましが返ってきたといいます。
この経験をきっかけに、試合中に気づいたことをその場で野球ノートに記録する習慣を強めました。打者の特徴、投球の変化、打たれた理由、ABSやピッチクロックの活用方法などを細かく振り返るようになったそうです。
加えて、自分を落ち着かせるために韓国語の「문제없어(ムンジェオプソ)」という言葉を心の中で唱えていたことも紹介しています。日本語にすると「問題ない」という意味です。
本人は、この登板以降、引き分けを挟みながらも7連勝し、最終的にはチーム最多の9勝を記録したと振り返っています。
このエピソードからは、技術面だけでなく、異国の環境でチームメイトとの信頼関係を築きながら成長していった姿がうかがえます。
【プロの結論】小林珠維のキャリアから読み取れる3つのポイント
小林珠維選手のキャリアは、ドラフト4位でプロ入りした選手が一直線に成功を目指した物語ではありません。野手への転向、育成契約、二刀流、投手復帰、戦力外通告、独立したファーム球団への移籍、そして韓国挑戦と、複数の転換点を経験しています。
その経歴から読み取れる要点は3つあります。
1. ポジション変更は選手としての可能性を広げる選択肢
小林選手は高校時代に投手として評価されながら、プロでは内野手としてスタートしました。その後、野手としての限界を感じ、自分の強みを生かせる投手へ戻っています。
重要なのは、最初に選んだ道に固執せず、実際の経験を通じて自分の適性を見直したことです。プロ野球では、選手の能力だけでなく、チーム事情や出場機会、ポジションの競争状況もキャリアを左右します。
2. ファーム球団は再起を目指す選手にとって重要な環境
オイシックス新潟での2025年、蔚山ホエールズでの2026年という2年間は、いずれも一軍とは異なる環境で実戦経験を積む時間でした。
特に蔚山は、KBOフューチャースリーグに参加する新設球団です。日本のオイシックスやハヤテと同じように、選手が再挑戦するための機会を提供する役割を持っています。
小林選手の9勝という結果は、こうした環境で実績を積み重ねることの意味を示しています。
3. 海外移籍の価値は所属先だけでなく、役割と実績で決まる
韓国移籍の決め手は、球団から先発投手として期待されたことでした。本人にとって、どの国でプレーするかだけでなく、どのような役割を与えられ、どんな選手になれるかが重要だったのです。
2026年は9勝5敗、防御率2.94という結果を残し、チーム最多勝も獲得しました。移籍時に受けた期待に対して、数字で応えたシーズンだったと評価できます。
今後のキャリアを判断する際には、単に「韓国へ移籍した」「NPBを離れた」という表面的な情報ではなく、どのリーグで、どの役割を担い、どのような成績を残したかを見ることが大切です。
【小林珠維の現在】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:小林珠維は2026年現在どこの球団に所属していますか?
2026年現在、韓国の蔚山ホエールズに所属しています。KBOフューチャースリーグに参加する球団で、2026年2月に移籍が正式発表されました。
Q2:小林珠維が投手に復帰した理由は何ですか?
ソフトバンクで野手として3年間プレーするなかで、打撃・走塁・守備のすべてにプロの壁を感じたことが大きな理由です。本人は投手として挑戦したいという思いが強くなり、球団に転向を申し出たとnoteで説明しています。
Q3:小林珠維の2026年の成績はどれくらいですか?
韓国メディアの2026年11月1日の報道によると、23試合に登板して9勝5敗、防御率2.94を記録しました。本人もチーム最多の9勝を挙げたことを10月15日のnoteで報告しています。
まとめ:小林珠維は韓国で新たなキャリアを切り開いた
小林珠維選手は、東海大札幌高校から2019年ドラフト4位で福岡ソフトバンクホークスに入団し、野手、二刀流、投手専任という異なる役割を経験してきました。
2024年オフの退団後はオイシックス新潟で投手として再出発し、2026年には韓国の蔚山ホエールズへ移籍。本人の発信によれば、先発投手としてチームを引っ張ってほしいという期待が、韓国行きを決める大きな理由になりました。
そして2026年シーズンは、23試合登板、9勝5敗、防御率2.94という成績で終了。蔚山ホエールズの南部リーグ1位にも貢献しました。
特に注目したいのは、本人がnoteで公開している挑戦の過程です。投手復帰の決断、韓国での生活、ABSへの対応、チームメイトとの交流、シーズン中の反省と改善まで、選手本人の言葉からキャリアの変化を追うことができます。
小林珠維選手の2026年は、韓国で新たな実績を築いた重要な1年となりました。今後は、この経験をどのような舞台で生かしていくのか。投手としてのさらなる成長と次のキャリア選択に注目が集まります。