2026年のWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)で、侍ジャパンの投手メンバーに選ばれていたサンディエゴ・パドレスの松井裕樹。しかし、開幕前に出場辞退が発表され、本大会のマウンドに立つことはありませんでした。
辞退の直接的な原因は、キャンプ中に発生した左内転筋の負傷です。侍ジャパンの公式発表では「コンディション不良」と説明されましたが、本人は負傷後の状態や代表合流が難しいと判断した理由についても語っています。
2026年11月5日現在、松井はメジャー3年目のシーズンを自己最高の成績で終え、2027年もパドレスに残留することを決めています。WBC辞退の経緯から本人のコメント、金丸夢斗の追加招集、現在の活躍までを時系列で整理します。
【結論】松井裕樹は2026年WBCに出場した?代表選出後に辞退

結論から言えば、松井裕樹は2026年WBCの侍ジャパンに選出されていましたが、左内転筋の負傷によって出場を辞退しました。
2026年2月13日に発表された侍ジャパンの出場予定選手には、パドレス所属の松井裕樹が投手として名を連ねていました。背番号は1。2023年大会に続くWBCでの活躍が期待されていました。
ところが、米国アリゾナ州のパドレス春季キャンプで左脚付け根に異常を訴え、予定していた実戦登板を回避。回復状況を見極めた結果、2月26日にNPBエンタープライズから出場辞退が正式発表されました。
侍ジャパン公式サイトにも、松井の辞退と金丸夢斗の追加選出が記録されています。つまり、松井は代表候補から落選したわけでも、最初からメンバーに含まれていなかったわけでもありません。正式に選出された後、負傷によって大会参加を断念したという経緯です。
この違いは、松井のWBC出場予定を調べるうえで押さえておきたいポイントです。
【辞退理由】公式発表の「コンディション不良」と左内転筋負傷の真相
松井裕樹のWBC辞退について、侍ジャパンが公式に発表した理由は「コンディション不良」です。
ただし、報道を詳しく確認すると、単なる疲労や調整不足ではなく、キャンプ中に発生した左内転筋の負傷が背景にありました。
左内転筋を痛めたのはいつ?
負傷が発生したのは、2026年2月19日のパドレス春季キャンプです。
松井はキャンプ初のライブBP(実戦形式の打撃練習)に登板。打者を相手に投球を行っていましたが、21球を投げた時点で左脚付け根に違和感を訴え、途中降板しました。
左内転筋は太ももの内側に位置する筋肉群です。投手にとっては下半身の安定や投球時の動作にも関わる部位であり、痛みや張りが残った状態で実戦登板を続けることは難しくなります。
松井の場合も、負傷後すぐに通常の投球練習へ戻れる状態ではありませんでした。テレビ東京スポーツの報道によれば、キャッチボールの距離は最大40メートルまで伸びていたものの、日によって状態にばらつきがあり、マウンドからの投球には至っていませんでした。
パドレスのクレイグ・スタメン監督も回復傾向には触れながら、試合登板の準備が整っていない状況を説明しています。
なぜWBC開幕までに間に合わなかったのか
問題は、WBC開幕までに実戦で投げられる状態へ戻れるかどうかでした。
松井は負傷後、投球練習を再開していたものの、マウンドから投げる段階には進めていませんでした。試合に出るためには、通常のキャッチボールだけでなく、投球強度を高め、実戦に耐えられる状態まで仕上げる必要があります。
WBCは短期間で試合が進む国際大会です。代表合流後に調整期間を十分確保できなければ、チームにとっても本人にとっても難しい状況になります。
特に救援投手は、試合展開によって急な登板を求められます。コンディションが安定しない状態で代表に加わることには、慎重な判断が必要でした。
したがって、松井の辞退は単純にWBCへの意欲がなくなったからではなく、負傷の回復状況と大会までの時間を考慮した判断だったと理解できます。
【時系列】松井裕樹のWBC出場辞退発表までの経緯
今回の辞退を正確に理解するには、代表選出から負傷、監督の発言、正式発表までを順番に見る必要があります。
侍ジャパン公式サイト、パドレスの発表、日刊スポーツやテレビ東京スポーツの報道を整理すると、次のようになります。
※負傷者リスト入りと復帰の日付はMLB公式日本語版の報道に基づきます。
井端弘和監督はいつ出場辞退を判断したのか
2月22日の時点では、松井の辞退はまだ正式発表されていませんでした。
井端弘和監督はソフトバンクとの壮行試合後、松井について状態を見極めている段階だと説明。米国と日本の距離があることも判断の難しさにつながっていました。
井端監督は、本人に出場したい気持ちがあることを踏まえつつ、最終的にはどこかで判断しなければならないという考えを示しています。
その4日後の2月26日、侍ジャパンは正式に出場辞退を発表しました。つまり、監督や代表側が直前まで回復状況を見極めようとしていたことが分かります。
【本人コメント】松井裕樹がWBC辞退を決断した本当の理由
松井裕樹は、WBC辞退について本人の言葉でも説明しています。
日刊スポーツの2026年2月27日の報道によると、松井は前日の26日、キャンプ地のアリゾナ州ピオリアで負傷の経緯や大会への思いを語りました。
負傷後に治療を受けたものの状態が改善せず、代表合流について次のように説明しています。
「このまま合流することが日本代表のプラスになるとは思わなかった」
また、辞退を決めたタイミングについては、負傷した翌日だったと振り返っています。
本人によれば、WBCへの思いがあっただけに葛藤は大きかったものの、患部の状態を確認した結果、無理だと判断したとのことです。
前回大会への思いもあった
松井が今回のWBCに強い思いを持っていた背景には、2023年大会の経験もあります。
MLB公式サイトの報道では、松井は前回大会で思うような結果を残せなかったことに触れ、2026年大会でのプレーを楽しみにしていたと説明しています。
そのため、今回の辞退は本人にとっても簡単に受け入れられるものではありませんでした。
日刊スポーツの報道でも、松井は大会に向けた気持ちが強かったことを明かしながら、最終的にはパドレスでのシーズンに向けて気持ちを切り替えると語っています。
WBCだけを目標にしていたのではなく、所属球団で年間を通じて貢献することもプロ選手としての責任です。代表への思いと、長いシーズンを戦うための身体の状態。その両方を考えた決断だったことが本人の説明から読み取れます。
金丸夢斗にもメッセージを送っていた
松井の辞退後、追加招集されたのが中日ドラゴンズの金丸夢斗です。
日刊スポーツによれば、金丸には松井からメッセージが届いていました。
「急きょこういう形になってしまい申し訳ない。日本のために頑張って」
これは、松井が単に代表を離れたのではなく、自分の代わりに選ばれた選手へ思いを託していたことを示すエピソードです。
出場辞退を決めた後も、侍ジャパンへの思いは変わっていなかったことがうかがえます。
【井端弘和監督と金丸夢斗】松井の代わりに追加招集された理由
松井の辞退によって、侍ジャパンの投手陣には新たな選手を加える必要が生じました。
そこで追加選出されたのが、当時23歳の中日ドラゴンズ・金丸夢斗です。
金丸夢斗が選ばれた背景
金丸は左腕投手で、松井と同じく左投げの救援・投手運用を考えるうえで選択肢となる選手でした。
日刊スポーツの報道によると、金丸はもともと侍ジャパンの予備登録選手にも選ばれていました。また、井端監督は金丸の大学時代からその可能性を評価しており、大学日本代表にも招集した経験がありました。
今回の追加招集は、負傷者が出た状況で急きょ候補を探したというだけではありません。指揮官が以前から能力を把握していた選手を、必要なタイミングで代表に加えた形です。
2026年WBCで相次いだ投手の出場辞退
松井の辞退は、侍ジャパンの投手陣にとって単独のアクシデントではありませんでした。
大会前には西武の平良海馬、阪神の石井大智も負傷によって出場を辞退。藤平尚真、隅田知一郎らが追加招集されていました。
救援投手の離脱が続いたことで、井端監督は投手陣の再編を迫られました。特に短期決戦では、先発投手だけでなく、終盤を任せられるリリーフの層が試合結果に直結します。
松井はメジャーで経験を積んだ左腕であり、2023年WBCの経験もある投手でした。その離脱が代表にとって大きな痛手だったことは間違いありません。
一方で、金丸にとっては国際大会の舞台に立つ貴重な機会となりました。井端監督が以前から評価していた若手左腕に、急きょ大きな役割が巡ってきたのです。
【松井裕樹の現在】2026年の成績とパドレスでの復帰後の活躍
WBCを辞退した松井裕樹は、その後も負傷の回復を優先し、所属球団のサンディエゴ・パドレスでシーズン復帰を目指しました。
2026年3月25日には15日間の負傷者リストに入り、メジャー復帰は5月5日までずれ込みました。当初の開幕から約1か月遅れての復帰です。
しかし、復帰後の松井は着実に登板を重ね、最終的にはメジャー3年目で自己最高の成績を残しました。
2026年レギュラーシーズンの成績
2024年の防御率は3.73、2025年は3.98でした。それに対して2026年は1.83まで改善しています。
投球回も64回に達し、前年の63回1/3を上回る自己最多を記録。負傷による出遅れがあったにもかかわらず、登板数と投球回を積み重ねたことは評価できます。
特に夏場以降は重要な場面での登板が増え、序盤の複数イニングを投げる役割から、終盤の勝ちパターンを担う役割へと変化しました。
MLB公式サイトは、松井が8月10日から9月4日まで11試合連続無失点を記録したことや、9月13日に今季初セーブを挙げたことを紹介しています。
ポストシーズンでも結果を残す
松井の活躍はレギュラーシーズンだけにとどまりませんでした。
J SPORTSの2026年11月2日の報道によると、ポストシーズンでは5試合に登板し、4回2/3を投げて自責点0。地区シリーズ第3戦のブルワーズ戦では勝利投手にもなっています。
シーズン序盤は負傷の影響で出遅れたものの、終盤にはチームの重要な救援投手として存在感を高めました。
2027年もパドレス残留が決定
2026年11月2日には、松井の来季の去就に関する動きも報じられました。
松井は2026年終了後に保有していたオプトアウト権を行使せず、2027年もパドレスでプレーすることを決めています。
2024年から結んでいる5年総額2800万ドルの契約を継続する形です。2027年終了後にも再びオプトアウト権を持つ契約内容と報じられています。
つまり、2026年のWBC辞退は松井のキャリア全体における後退を意味するものではありませんでした。負傷から復帰し、自己最高の成績を残したうえで、来季もメジャーでの挑戦を続けます。
【プロの結論】松井裕樹のWBC辞退から分かる3つの重要ポイント
今回の松井裕樹のWBC辞退を理解するうえで、押さえておきたい要点は3つあります。
1. 「コンディション不良」は左内転筋の負傷を指していた
公式発表の「コンディション不良」という表現だけを見ると、疲労や調整不足のようにも受け取れます。
しかし、パドレスのキャンプで左脚付け根に違和感を訴え、その後もマウンドでの投球ができなかったという経緯を合わせると、辞退の中心的な理由は左内転筋の負傷だったことが分かります。
公式発表の短い表現と、負傷の具体的な内容を区別して理解することが大切です。
2. WBCへの出場意欲と辞退の判断は矛盾しない
松井は2023年大会の経験を踏まえ、2026年大会に強い思いを持っていました。それでも、代表合流がチームにとってプラスにならないと判断し、出場を断念しました。
国際大会に出場することだけがプロ選手の責任ではありません。所属球団での長いシーズンを見据え、故障を悪化させないことも重要な判断です。
実際、松井は復帰後に防御率1.83という好成績を残しています。辞退の判断と、その後の活躍は切り離して考えるべきではありません。
3. 2026年の現在は辞退後のキャリア再建に成功している
松井は開幕に間に合わず、メジャー復帰も5月まで遅れました。しかし、最終的には自己最多の64イニングを投げ、防御率もメジャー移籍後の自己最高を記録しました。
ポストシーズンでも無失点の投球を続け、2027年もパドレスに残留。WBCには出場できなかったものの、所属球団では大きな成果を残したシーズンとなりました。
今回の件で評価すべきなのは、代表辞退という結果だけではありません。負傷の状態を見極め、復帰後にどのようなパフォーマンスを取り戻したのかという点です。
【松井裕樹のWBCに関するよくある質問(FAQ)】
Q1:松井裕樹は2026年WBCに出場しましたか?
A1:出場していません。2026年2月13日に侍ジャパンの投手として選出されましたが、左内転筋の負傷により2月26日に出場辞退が発表されました。
Q2:松井裕樹がWBCを辞退した理由は何ですか?
A2:パドレスの春季キャンプで左内転筋を負傷し、実戦登板できる状態まで回復していなかったためです。侍ジャパンの公式発表では「コンディション不良」と説明されています。
Q3:松井裕樹の代わりにWBCへ招集された選手は誰ですか?
A3:中日ドラゴンズの左腕投手、金丸夢斗です。2026年2月26日に追加招集が発表されました。
Q4:松井裕樹本人は辞退について何とコメントしましたか?
A4:負傷後の状態を踏まえ、「このまま合流することが日本代表のプラスになるとは思わなかった」と説明しています。大会への思いは強かったものの、身体の状態を優先した判断でした。
Q5:松井裕樹は2026年現在、どこでプレーしていますか?
A5:MLBのサンディエゴ・パドレスです。2026年は54試合に登板し、防御率1.83を記録。2027年もパドレスに残留することを決めています。
Q6:松井裕樹は2026年のWBC開幕に間に合わなかっただけですか?
A6:単なる調整遅れではありません。左内転筋の負傷が原因で正式に出場辞退しており、WBC本大会には参加していません。
まとめ:松井裕樹はWBCを辞退したが、2026年は自己最高のシーズンに
松井裕樹は2026年WBCの侍ジャパンに選出されながら、パドレスの春季キャンプで左内転筋を負傷し、2月26日に出場を辞退しました。
辞退理由は公式にはコンディション不良と発表されましたが、本人の説明やパドレスの報道から、実際には実戦登板が難しい状態だったことが分かります。
本人はWBCへの強い思いを持っていた一方、代表合流がチームのプラスにならないと判断。代わりに金丸夢斗が追加招集されました。
その後の松井は5月にメジャー復帰を果たし、2026年シーズンは54試合、5勝1敗、防御率1.83、64投球回という好成績を記録。ポストシーズンでも無失点の投球を見せ、2027年もパドレスでプレーすることになりました。
2026年WBCには出場できなかったものの、松井裕樹にとって2026年はメジャーでの評価を高めた重要なシーズンだったといえます。今後はパドレスの救援陣の一角として、2027年にどのような投球を見せるのかが注目されます。